僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「異界から来た鳥」by あすみ @aquoibon84 (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

日本語、隕石が墜ちる、低気圧、峠道、愛、金平糖、ワイパー、空、飴、雨

 

 

 あの日は日本に来て5年目になる日だった。わたしはトマトを中心に野菜を栽培する会社で働いている。日本語は難しかったけど、まわりのみんなが親切に教えてくれるから生活で困ることもほどんどなくなってきていた。来月には家族も日本に来てみんなで暮らせると楽しみにしていた頃だ。


 その日の作業を終えて、現場から会社に車で向かってる夕方だった。春の嵐っていうやつなのか、空がどんどん曇ってきて風が強い。雨まで降ってきた。助手席にいる先輩のツトムさんは低気圧で頭が痛いとぐったりしている。峠に向かって登っている道は細く、両側が森でカーブの連続だ。運転を代わってもらうわけにもいかないし、安全運転を心がけなくては。


 ハンドルさばきに集中していると、前方から何か巨大なもの迫ってきた。

「うわーーーー!!!!」

叫びながら急ブレーキをかけた。


だめだぶつかる!!つぶされる!と思ったけれども、そいつは木をなぎ倒しながら旋回して行ってしまった。


飛び起きたツトムさんはしばらく固まっていた。

「い、隕石じゃなかったか。何だったんだ、今の。」


「死ぬかとおもました。はあ、何だったんでしょう」

などと行っていると、今度はカラフルな雹が降ってきた。車に雹のあたる音も激しく、今度こそ一巻の終わりかと思う。生身で車から出たらそれこそ死んでしまいそうなので、車から出ることもできない。あきらめて待機していると、雹の降り方も落ち着いてきた。ワイパーのくぼみにたまった雹をよく見てみると、つんつんした形で星みたいだ。よく見るとかわいい。

「コンペイトウ」

「え、なんですか?」

金平糖っていうんだよ。こういうお菓子。砂糖でできた飴みたいなやつ。かわいいでしょ」


******

 あれから3年。あのときは作っていた作物もビニールハウスもずたずたになってしまって、大赤字だった。政府からの補償がなかったら、生活できていなかったかもしれない。でもあのあと、土壌が劇的に改善されて作物がよく育つようになった。


 結局あの隕石は地球外から来た鳥だったらしい。あの金平糖はその鳥の糞だというのだから驚きだ。鶏糞肥料の一種だったってわけか。異界から来た鳥の愛の産物だって言っている人もいるが……。


 今日は私の誕生日なのだが、さて娘にもらったこの金平糖、どうしようか。

食べ、られるかな?食べられる、よね?

「没収される贈り物」by 3 @tade_sukizuki (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

飴、雨、日本語、隕石が落ちる、低気圧、愛

 

教室に隕石が落ちてきた。
もちろん本物の隕石ではない。転校生のことである。
「今日からみんなと一緒に勉強します、ダシャ君です。仲良くしてくださいね」
浅黒い肌、黒目がちな大きな目、カールした髪の毛。田舎の小さな小学校にいきなり現れた馴染みのない見た目の友達は、子どもたちにとっては宇宙からやってきた異星人と同じくらいの衝撃だっただろう。
「ダシャ君はまだ日本語をうまく話せません。英語なら少しわかるみたいだけど...」
「はーい!オレえいごできません!!!」
「...だよね。とにかく、慣れない場所で不安だと思います。やさしくしてね」
私に促され、彼は教卓に近い席におずおずと座った。私も言葉のわからない子どもをみるのは初めてで、緊張していたのを記憶している。


それからしばらく試行錯誤の日々が続いた。算数の授業はマグネットなどを用いて視覚的に理解しやすいように。体育などは他の子を真似してできるが、問題は国語の時間だった。日本語を話せないとなると音読も発表もできず、彼にとって苦痛にしかならない。私も彼につきっきりという訳にもいかず、力になってあげたいものの彼の母国語はさっぱりわからない。彼にはただ1時間ずっと座っていてもらうようなものだった。


そんなある日の授業中、彼が熱心にノートに何か書いているのを見つけて声をかけた。
「なに書いてるの?」
彼はビクッと肩を震わせ、とっさに手でノートを隠した。
「怒らないから、見せてごらん」
にっこり笑いかけると、そろそろと手を退ける。そこにはいまクラスで大流行中の、RPGゲームの主人公の絵が書いてあった。
「おぉ、上手だね」
「うおーー!!剣ドラのエリックじゃん!!すげーー!!」
目ざとく見つけた後ろの席の子が覗き込み、クラスは一時大騒ぎとなった。
「はいはい、席について。先生も剣とドラゴンやってみたけど、3つ目のダンジョンを抜けられないんだよね」
「先生ざっこ!」
「オレもう7個目までいった!」
「今は剣ドラの授業じゃないから、ほら座った座った。...ダシャ君、クラスのみんなも先生も剣ドラが好きなんだよ。今度みんなで遊べるといいね」
彼は初めて微笑んで頷いた。


その次の日から、なんとも微笑ましいお手紙が毎朝私の机に届くようになった。
授業の間の休み時間、ダシャ君が「没収」と言って小さく折りたたまれた紙を渡してくる。開いてみると、私が手こずって抜けられないと言った3つ目のダンジョンの攻略解説が、手描きの見取り図付きで丁寧に記されていた。
「これ...」
私が顔を上げると彼は恥ずかしそうにはにかんで、走って席に戻っていってしまう。次の日もその次の日も、ボスを倒すのにオススメの装備や便利なアイテムの情報が、不格好なひらがなと英語交じりのお手紙として届いた。
最初は遠巻きに見ていた子どもたちも、落書きの件以来すっかり心を開いた様子で、一方的にダシャ君に話しかけるようになった。ダシャ君からのレスポンスは少ないながら、共通の話題が見つかったことで一気に話しかけるハードルが低くなったらしい。私はほっと胸を撫でおろしつつ、彼はなぜいつも“没収”と言うのだろうと疑問に思っていた。


ダシャ君からの贈り物は、手紙でないときもあった。頭痛持ちの私は、雨の日や気圧が低い日に調子が悪くなることが多々あった。その日も大雨で頭痛に襲われ、机でテストの丸つけをしながら唸っていたところ、たたたっとダシャ君が駆け寄ってきて一言、
「これ、没収して」
と言ったのだった。単語でなく、初めて文章で話しかけてきてくれた瞬間だった。
驚いて目を丸くした私の目の前で小さな手のひらが開かれると、そこにはイチゴ味の飴があった。
あとで彼のお母さんに話を聞くと、彼の母国では頭が痛いときに飴を舐めると治る、というおまじないがあるという。彼は、私が雨の日に頭が痛くなることを、また授業に関係のないものを学校に持ってきてはいけないことをとっくにわかっていた。あえて没収されそうなものを持ってくることで、私に渡そうとしていたのだ。彼がつぶやく“没収”とは、そういうことだったのだ。
言葉がわからなくても、育ってきた文化が違っても、伝わるものはちゃんとある。
「愛、だなぁ」
私は熱い目頭を押さえて、ありがたくイチゴの飴をいただいた。

「ウイルスは笑うか?」 by 文月煉 @fuduki_ren (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空

 

 

ウイルス(ラテン語: virus)は、他生物の細胞を利用して自己を複製させる、極微小な感染性の構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる。生命の最小単位である細胞やその生体膜である細胞膜も持たないので、小器官がなく、自己増殖することがないので、非生物とされることもある。
Wikipediaより>

 

 ウイルスは、我ら人類の宿敵である。前世紀末、世界中で猛威を振るったウイルス禍により人口を大幅に減らして以来、そのことは人類にとって揺るぎない事実となった。今世紀はウイルスの悪意に対する人間の闘争の世紀と言っても間違いなかった。
 だが、ケイト・モロズミの研究テーマは、そうしたテーマから一歩外れたところにあった。「ウイルスは笑うか?」そのテーマをアカデミーのラボで発表したとき、ラボのミーティングルームは、失笑に包まれた。人類にとってウイルスは憎むべき宿敵であり、それが笑うかどうかなどということは、思い浮かべること自体が不謹慎とも思われた。だが、強情さならアカデミー1と噂される20代の若き研究者ケイトは、譲らなかった。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
 ケイトは、前世紀に存在した、世界第2位の巨大国家に伝わる古い故事を引用して主張した。
「敵が何を喜び、何をもって笑うのか。それを解明することが、人とウイルスとの長い戦いに終止符を打つための鍵であると、私は思います。そうすれば、もしかしたらウイルスと共存する道が、探れるかもしれない」
 ケイトが断言すると、ラボの中の空気は失笑から困惑へと変わった。誰もがケイトから目をそらし、互いに目配せをし合う。
「ウイルスと共存」などという言葉は、これまで耳にしたことがない。根絶すべき憎き敵と、よりにもよって共存、だなんて。
 ただ一人、ラボの最長老であるモリヤ博士だけは目をそらさず、ケイトをまっすぐ見つめてこう言った。
「森に、行くといい」

 それから約半年後、ケイトは森に行くことになった。
 本当はすぐにでも行くつもりだったのだが、【居住区】から出るための手続きに手間取り、こんなに遅くなってしまったのだ。
 全世紀末、ウイルスとの戦いに半ば敗北した人類は、完全に無菌処理が施された狭い【居住区】に閉じこもることを余儀なくされた。人類以外の生物は「ウイルスの宿主となる可能性がある」とされ、念入りに【居住区】から排除された。
 皮肉にも、それからの約50年で地球上の森林は拡大の一途をたどり、今や【居住区】を一歩出れば地球全体は深い森に覆われている。【居住区】に暮らす人々は緑に包まれた森を、悪魔のようなウイルスの暮らす場所として恐れ、憎んだ。
 今や、【居住区】を出て森に入ることができるのは【対ウイルス駆逐軍】に所属する軍人だけだ。ケイトは軍にコネクションを持つモリヤ博士のはからいで、「軍属研究員」の肩書を手に入れ、半年の対ウイルス駆逐研修を受けることで、ようやく森に入る許可を手にしたのだった。
 【居住区】の外へと続く分厚い隔壁の前まで見送りに来たモリヤ博士は、付添の軍人に聞かれないようにケイトの耳に口を寄せて、こう囁いた。
「森の奥に“女王の花“と呼ばれる生物がいるらしい」
 目を丸くするケイトに、モリヤ博士は真剣な顔でこう続けた。
「我が家に伝わる古文書にあった一節だ。あらゆるウイルスの宿主となる花。もしも、君の仮説のとおり、ウイルスにも感情があるのだとしたら……『ウィルスが笑う』のならば」
 そして博士は、ケイトの手を握り、優しそうな笑顔を向けた。
女王の花を探すといい。それがウイルスとの和解の道に、通じるかもしれない」
 ケイトは黙ってうなずいた。それから、目の前の分厚い隔壁を見つめると、一度だけ深呼吸をしてから、手のひらに埋め込まれたチップを壁の認証機にかざした。

 初めて足を踏み入れた森で、ケイトは自分の五感が全て開いていくのを感じた。まず、どこまでも続く青空に圧倒される。ディスプレイで、VR映像で、これまで自分が見てきたものとはまったく違う、真実の青。自分がこんなに小さい存在なのかと思い知らされる空の大きさ。今まで知らなかった色、光、音、そして匂い。
【居住区】に引きこもってからの人類の歴史は、「自分たち」と「それ以外」を明確に分けることで、自我を保とうとしていた。対象的に、森は、あらゆるものが複雑に絡み合う「多様性」の世界だ。隔壁の内側では唯一無二でいられた人類は、隔壁の外では「無数の生き物のうちのひとつ」でしかなかったのだ。

 いつの間にか雨がふり始めていた。
 ケイトはおもむろに叫びながら、土砂降りの中を走り出した。自分の存在がとても小さく感じて、でもそれが、どこか心地よかった。われわれは地球の主人じゃない。一部なのだ。

「レギュレーション違反、東南アジアの花、ハッピーバースデイ」 by あかいかわ @necokiller (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空 

 

 塔に閉じ込められて三週間になる。
 部屋は狭いけれどベッドは十分にふかふかだし、毎日シーツも替えてくれる。食事も三食欠かさず出る。夕方にはチョコレートとコーヒーも運ばれてくるし、読みたい本のリクエストはほぼ答えてくれる。なんというか、「閉じ込められている」という言葉が正しいのかどうかさえ、疑わしくなるときがある。
 でも僕はちゃんと閉じ込められている。外側からかけられた鍵は絶対に開けられないし、窓から外へ飛び出るなんてできるはずもない。眼下にはいつも分厚い雲が敷き詰められていて、地上までどれくらいの距離があるかわかったものじゃない。僕は何度か窓を出てここを出られないか探ってみたことがある。でも無理だ。僕は僕のそれなりに惨めな身体能力を過大評価できるほど楽観的な人間じゃない。僕にここを出ることは不可能だ。見事に完璧に疑いもなく。そして誰かそういう境地に立たせるということを、「閉じ込める」と呼んで差し支えないだろう。
 窓の向こうはいつも青空で、鳥さえ飛んでいるところを見たこともない。雨もふらない。まあ、視界を閉ざすあの雲の下ではひっきりなしに雨模様なのかもしれないけれど。
 部屋のドアが開くのは三度の食事を運ぶ・持ち去る計六回に、毎日一度の部屋の掃除(シーツの交換もそのときされる)とお昼すぎのお茶菓子の時間(飲み終わったカップなどは夕食のときにまとめて持ち去る)、その他リクエストした本や新しい服、筆記用具などを持ち込むときなどが加わる。会話できる機械兵士もいれば、できないやつもいて、僕は内心そいつらを「はずれ」と呼んでいる。でも会話できるやつだって必ず僕に返事するわけじゃない。あなたと話をすることは禁じられている、とそっけなく答えるやつもいる。というか、そういうやつのほうが圧倒的に多い。
 僕のお気に入りは深緑をした機械兵士だ。料理の味付けにクレームを入れるとちゃんと聞き入れてくれるのはこいつだけで、おかげで料理の味付けがだいぶ塩辛くなくなった。こいつが掃除当番のときは、ずいぶん長く話し込むこともある。彼の名前を聞いてみたが、そういうものはないとの返事だった。僕は彼を「モリ」と呼ぶことにした。
 モリはずいぶん掃除がうまい。道具の使い方が的確で、動きに無駄がなく、拭き残しなどしたところを見たことがない。みんなほとんど同じように見える機会兵士にもそのへんは個性があって、ひどいやつは本当にひどい。むしろ掃除する前よりも部屋が汚くなっていることさえあるくらいだ。僕がそうモリに伝えると、窓を入念に磨きながら彼は答えた。私は、もともとが清掃用プログラムをインストールされたタイプですからね。他のモノとはちょっと経歴が違うのです。みんな大抵は純粋な戦闘用タイプのモノたちですよ。
 モリも戦争へ行ったことがあるのか、と僕は尋ねた。ハハハ、とモリはつぶやいて(笑ったのか?)、いまは私はウイルスとの戦争を戦っていますよ、と答えた。

 さらに三週間が経った。
 状況はなにもかわらないが、僕の方で変化があった。モリ以外の機械兵士たちのこともすこしずつ理解し始めたのだ。
 僕が「はずれ」とみなしていたやつらも、実は会話をできることがわかった。彼らはただルールを他のやつらよりも大事にしているだけなのだ。つまり規則としては、機械兵士は僕とコミュニケーションを取ってはいけない。ジェスチャーも、目配せさえも駄目なのだから、会話なんてもってのほか。とはいえ彼らのレギュレーションも物理法則の厳密さというわけではなく、すこしずつっ言葉を交わすようになってきたやつもいる(相変わらずだんまりのやつももちろんいる)。
 例えば僕が「ハナ」と名付けた薄紅の機械兵士。機械兵士に性別なんてあるか疑問だけれども、女性のような喋り方をするこいつは僕に花を見たことがあるかと尋ねた。ない、と僕は答えた。
 そうですか。残念そうに(というのは僕の解釈)ハナはつぶやいた。
 その話をモリにしてみたら、こんな話がかえってきた。ハナは四十年前の大戦のときに東南アジアの戦線で戦ったらしく、余暇にめずらしい植物のスナップをたくさん集めることにはまっていたらしい。とはいえ仲間の機械兵士たちにそんな趣味を理解してくれるモノもなく、ニンゲンになら伝わると思ったのではないか、と。残念ながら僕はそれを共有することはできなかったわけだけれど。
 でも花の写真を見せてくれるなら喜んで見たいけどな、と僕は行った。モリは苦笑しながら(あくまで、僕がそのように感じたということ)反論した。あくまでその機械兵士のメモリに保存されているだけで、厳密には画像というわけでもなく、写真のような出力は不可能ですよ。

 さらに三週間経った。
 日付はたぶん四月十一日。正しければ、僕の誕生日ということになる。
 そう伝えると、ハナはおめでとうございますと定型文を返してくれた。そしてまたいそいそと本棚のホコリを拭き取り始めた。手持ち無沙汰になって、僕はハナに尋ねてみた。四十年前の戦争は、大変だった?
 私はたくさんの機会兵士と人間たちを殺しました。テキパキとした動作で掃除を続けながらハナは答えた(こういう無駄話にも付き合ってくれるようになっていた)。昇進してパーツがグレードアップして、指揮権も少しずつ拡大していくことにやりがいを見出していましたので、苦労はありましたが、いい思い出です。
 優秀な機械兵士なんだね、と僕は感心した。その機敏な動きを眺めながら、皮肉ではなく本心からつぶやいた。そしていまは、腕利きの掃除婦さんだ。
 ハナは何も答えなかった。
 四十年前。またも手持ち無沙汰になって僕はつぶやいた。なんとなく、君はもっと若い機械兵士かと思っていたよ。言葉が正しいかわからないけど、最新型、とでも言えばいいのかな。
 我々に年齢などありませんよ。拭き掃除を終えて、雑巾をゆすぎながらハナはいった。日々繰り返されるアップデート、老いるということもない、もちろん経験は積み重ねていきますが。ニンゲンとは違います。
 俺はまだ若いんだよ。僕は鏡に映る自分の姿を見つめながらちょっとだけ得意げにいった。今日、ようやくにして二十代に踏み出した。
 おめでとうございます。ハナはまた機械的に(本当に)繰り返した。少しだけ間を開けて、こう続けた。私が東南アジアで戦ったニンゲンたちも、そのほとんどが二十代でしたね。
 彼らはよく戦った? と僕は尋ねた。
 叫んでいました、とハナは答えた。いつになく感情を宿した声で(あくまで、僕にとって)つぶやいた。私はその叫び声をとても好もしく思っています。
 不思議な沈黙が満たされたあとで、掃除道具をしまいこんでハナは部屋を出た。ドアを閉める直前、ハナはそっと声をかけた。今日の夕食と一緒に、アルコールを加えるようにいっておきましょう。
 ありがとう、と僕は答えた。そしてもう一度だけ鏡を見て、東南アジアに咲く花のことを思った。

「散歩」 by はっとり @knnxtrnk (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

ウイルス、雨、叫ぶ、20代、青空

 

 

その日はとても良いお天気で、息抜きにお散歩しようと言われてぷらぷら歩いていた。突然彼女が言い出した。
「ねぇ、似合わないことがしたい」
「急にどうしたのさ」
よーし、逃げる!と急に走り出した彼女の背中を慌てて追う。
「ちょっと!何から逃げるの?!」半ば叫びながら問いかける。
「えーっと…ウイルス!!」
確かに逃げ切りたい相手ではある…と思いながら、私も走る。
昔はランドセルを背負って歩いた通学路を、走る。
「それももう10年も前だね!」楽しそうに笑う彼女も私ももう息が上がり始めてる。
私も彼女もずっと帰宅部だったし、体育はいかにサボるかばかり考えていたし、好きなことは寝ることで、走り方は当然不格好で体力も全然ない。
すぐ、早歩きみたいな速度になってしまった。
「あはは!あんたが、走ってるの、全然、似合わない!」
「あんたもでしょ!走るの、おっそい!ていうか、走ってるとは、言えない!」
はあはあ言いながら小突き合ってたら、追い討ちみたいに雨が降ってきた。
こういう時にこそ走らなきゃじゃん!って屋根のところまでへろへろ走る。
「あーあ、さっきまで青空だったのにね」
似合わないことするからだよって2人で笑った。

「花と森の店」by あすみ @aquoibon84 (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空

 

『20代でお店をオープンさせた人の本』っていう5年前に出版された本がある。その本に取り上げられた私のところにはときどき、見知らぬお客さんが訪れる。


ここは東北地方の山の中。別荘がはやったバブルの時代の終わり頃に別荘地として開拓され始めたけどバブルもはじけて、ほんの数件別荘が建っている場所だ。

知り合いからもう使わなくなったその1つを紹介されて、1人で住んでいる。

お店はネットショップしかもっていない。接客するのが苦手なのだ。

それなのにときどき直接訪ねてくる人がいる。


「こんにちは。ここが『花と森の店』ですか?」


「はい、そうですが……。どうなさいましたか。」


「いや、本に載っていたのを見て一度来てみたくて。」


「そうでしたか。お店はネットショップだけなんですけど……。まあ、座ってください。お茶でも入れましょう」


接客が苦手だとは言え、つい親切にもてなしてしまう。だからこその苦手なんだけど。

奥のスペースで、お湯を沸かしてお茶にする。

何を淹れよう、あの本を見て来てくれたんだから、本に載せてたミントのお茶にしようか。お茶請けはバニラアイスにボリジの花を添えよう。

部屋に戻ると、その人は店内に吊してあるドライフラワーを熱心に見ている。

私が手にしたお茶とアイスに目を輝かせる。

 

3日後、その人と2人で森に出かけた。リースの土台にするための蔓を探しながら歩く。

「森の植物や育てた花を摘んで、おいしいものや綺麗なものを作るくらしは憧れなんです」とテンションが高い。この人いつまでいるんだろうとぐるぐる考えながら歩いていると、突然雨が降ってきた。山の天気は変わりやすい。山用の雨を防ぐ上着を着ているので平気と言えば平気だけど、大きな木の下で雨宿りをすることにした。


私は何を話していいか分からないので、持ってきたキャンディを渡す。これも作ったやつだ。

「木の下で雨宿り。いやー、いいですね。自然と調和した暮らしって感じです。自分、稼げるからって夜勤の仕事をしてたんですけど、何か最近しんどくなってきて。実は急に仕事辞めてちゃいました。」

話しているうちに雨が止んだ。なんだか疲れたので、引き返すことにする。


森から出ると、うってかわって青空になっていた。

「わー、めっちゃ綺麗!!」と言いながら写真を撮っている。

確かにな。私もいつもそう思う。


夕飯は、畑で採れたトマトとバジルでパスタを作った。

毎日のハイテンションで疲れてきた私は勇気を出して聞いてみた。

「いつまでここにいるの?」


私は知らなかった。町では新型のウイルスが流行っているらしい。

日本では最初に東京で感染者が見つかって、どんどん広がって、収まる見込みが立っていないらしい。

「仕事を辞めたついでに、ウイルスからも逃げたいなと思って。逃げてきました。っていうか、知らなかったんですか?毎日のようにニュースで流れてますよ」

「テレビないから……」

「いや、テレビがなくても。ネットでもSNSでもみんな騒いでますよ」


ニュースは見ない。テレビでも新聞でもネットでも。

あのテロが起きたとき、あの殺人事件が起きたとき。

周りの人たちは、「信じられない!映画みたいだ」とか、「ひどいやつがいるもんだ。あんなやつ死んだほうがいい」とか、思い思いの感想を口にしてた。でも、私はそんなこと言える気がしなくて、被害に遭った人や、加害した人の叫びがどこからか聞こえてくるような気がした。日々ニュースにさらされるのは耐えられないと思った。だからなるべく社会から距離を取る生き方を選んだ。ネットでものは売るけど、ほとんど見ることはない。世間で起こっていることを本当に知らなくなったなと思う。

でもこれでもう何年も生きてるんだな。すごいことだなと思ったら、ちょっとうれしくて笑いがこぼれた。

 

私が急に笑ったから、びっくりした顔とともにお茶がひっくり返された。

「開花状況お伝えします」by 3 @tade_sukizuki(お題バトル0411参加作品)

【使用お題】

ウイルス、花、雨、叫ぶ、笑い、青空

 

「キャーーーーーーッ!!!」

早朝、バスルームから響いた特大の悲鳴で私は目を覚ました。

「なに...どうしたの」

「ねぇ見てよ!!これなんだと思う?!」

彼女は私の目の前に頭を突き出し、髪の毛をかき分けて見せる。そこには小指の先ほどの茶色いこぶのようなものがにゅっと生えていた。

「なんだろ...できものかな」

「もぉ~~やだぁ~~...これね、こっちにもあるの」

よくよく見てみると、まるで2本角の鬼のように、左右対称の位置にそのこぶはあった。

「痛いの?」

「痛くはない...けど気になるよぉ」

「病院行く?」

「ん~~でも少し待ってみる。もしかしたらポロッと取れるかもしれないし...てかこれ診せるなら外科?皮膚科?」

あれだけ大袈裟な悲鳴をあげたくせに、他人に見せて気が済んだのか彼女はもう今日の朝ごはんに気を取られていた。スキップしながらキッチンへ向かう彼女の姿が普段と変わらず元気そうだったので、私もその“こぶ”のことはすっかり忘れてしまったのだった。

 

 

2週間後、私は再び彼女の頭を見つめていた。

こぶが明らかに伸びている。

「いよいよ隠せなくなってきたよぉ...ねぇどうしよう」

帽子をかぶるにも不都合なくらいの長さ、そして先端が...

「枝分かれしてきている...?」

こぶはどんどん表面が硬くなり、茶褐色が濃くなっているように見える。それを彼女に伝えると、かえって怖がらせてしまったのか病院へ診せに行くのを嫌がるようになってしまった。

無理強いもいけないと、そのままにしておいた結果...

 

 

さらに2週間後。

「ねぇ...見て、これ」

彼女の頭には鹿の角のように伸びた立派な“こぶだったもの”。そしてその先端に...

「...桜?」

小さなピンク色の花が一輪、咲いていた。

 

 

「ウイルス性の花病ですね」

色白で細面の医者はさらりと告げた。

「花病?」

「身体のあちこちが植物化する病気です。生命活動に支障はありませんが、見た目がどんどん変化していくので奇異な目で見られることも多いです。今のところ根本的な治療法はありません」

病院からの帰り道、彼女は珍しく俯いて一言も言葉を発さなかった。

 

 

しかし、それから2日後。

「今朝のわたしの開花状況をお伝えしま~~す!今日開花したのは5輪!お花見にはまだ早いかな!もう少しお待ちを~~!」

「ちょっと、声大きい...もう大丈夫なの?」

聴くと、いともあっさりと彼女は言う。

「だってなっちゃったものはしょうがないじゃん?これがわたしの個性?だと思って。死ぬわけじゃないならなんだってオッケー!てか家の中で花見できるのテンション上がるでしょ??」

 

 

彼女の切り替えは早かった。体の植物化もどんどん進み、髪の先端はつるになり、肩にはガーベラ、指には小さなバラが咲いた。頭の枝はどうやらしだれ桜だったようで、それは見事な枝ぶりに満開の花を咲かせた。

彼女は毎日自分の体の開花状況を写真に撮ってSNSに投稿する。彼女の明るいキャラクターと花の美しさに魅せられた人々は次第に増え、今ではそれなりの有名人だ。

 

 

今日は野原に撮影に来た。高い青空の下、いつもどおりテンションの高い彼女はくるくると回っている。

「あ、見て見て天気雨!晴れてるのに雨~~!!わたしの体に水やりできるじゃん!」

SNSに投稿された画像の中、カメラのファインダーの中、私の目の前。

彼女の笑顔が今日も咲いている。