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僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

僕は「ポリアモリー」

「文月煉です。奥さんがいますが、恋人も1人、
お互いに好きだと認め合っている人は7,8人います」
そんなふうに自己紹介することも増えた。
複数の人を同時に愛する「ポリアモリー」という、僕の性質。
昔から好きな人がたくさんいる性格だったけれど、世の中の「常識」を越えて、
ポリアモリーポリガミー)的なライフスタイルを「実践」するようになってからは、
まだそんなに経っていない。
それでも、ポリアモリーについて語り合うイベント、「ポリーラウンジ」や、
僕が信頼して僕のすべてをさらけ出して語り合えている友人たちとの間で、
「実践者」としての会話をすることも多くなってきていて、
僕の人生は確実に、「常識」とはすこし違ったものになってきているなぁと思う。

ここで、今まで聞かれた質問とか、聞かれそうな質問とかに答える形で、
僕のライフスタイルや恋愛観を解説したいと思う。
もちろんこれは、「ポリアモリーの代表」としての回答なんかじゃなくて、
あくまでも僕自身の生き方についてのことだということを断っておく。


Q. 本命以外を好きになるなんて浮気だよね? 好きな人に悪いと思わないの?
A. 世間でいう「浮気」とはちょっと違う。

自分以外の人の感情や気持ちについて、僕が断言することはできないけれど、
僕の中で譲れないルールとしては、
「関わっている人に秘密にするようなことはしない」ことを意識している。
ポリアモリーという言葉の定義としても、
「関わる人たち全員にオープンである」という条件があるようだ。
そういう点で、一般的な「浮気」とは異なるのではないかと思っている。
新しく誰かと恋愛関係になるときも、なるべく早い段階で(できれば初対面で)、
僕が「一人だけを愛するわけではない」ということは伝えているつもり。
あと、誰かが本命で誰かが浮気、というわけではないので、
「浮気」という言葉はあまりふさわしくないと思う。


Q. 好きな人に順番はあるの?
A. 原則としてはありません。

これは、ポリアモリーの中でも意見の分かれるところだと思うし、
実際問題として「全員が平等に、全く同じだけ好き」
というのは難しいところもあるのだけれど、
僕としては基本的に、好きな人に順位を付けるようなことは、
意識してしないようにしている。
コミュニケーションの密度だったり、相手や自分の精神状況などによって、
そのときどきでもっとも大事に思う相手は変わることはあるし
、一時的に好意に差が出ることはあるけれど、
そういうものを順位として固定させたくない、というのが僕の感覚。
「妻」「恋人」「好きな人」というような言葉も、
好意の差を表しているわけでは決してなくて、
基本的には相手が望む形に合わせて名付けているだけ、というつもり。


Q. 好きな人が他の男の人と仲良くしたりするの、嫉妬したりしないの?
A. 僕には嫉妬という感情があまりわからない。

かまってほしいときにかまってくれないと寂しいとか、
そういう感情はあるのだけど、
好きな人が他の人のことを好きだから悔しい、
というような感情は基本的にほとんどない。
僕がかまってあげられないときに、
他の人といっしょにいることでしあわせになれるのなら、
それはうれしいことだなぁと、素直に思う。
あ、でも、目の前で僕じゃなくて別の人と仲良くしているのを見ると、
ほんの少しだけ嫉妬に似た感情が動くことを最近知りました(笑)。
これは、単純に負けず嫌いな感じかな。
僕の方に来ればいいのに~って思っちゃうみたい。
こんな感じで、今でも毎日、自分の感情に新しい発見をすることばかりです。


Q. 何で結婚したの?
A. 回答を保留中。

実は、僕が結婚したのは、「ポリアモリー」という属性を自覚する少し前。
そのときは恋愛関係にある人は奥さんだけだったし、
モノガミー的に結婚することにそれほど違和感もなかった。
とはいえ、順番が違っていたら結婚しなかったか、あるいは他の人と結婚していたか、
と言われれば、おそらくそんなことはないんだよなぁ。

確かに、結婚というのはポリアモリーとはあまりなじまない制度ではある。
今回のポリーラウンジでも、参加者の中から
「我々は、世間からすると反体制、
反社会的な存在なんですよね」というような言葉も聞かれた。
もちろん僕自身としては、「悪いことをしている」というつもりはないんだけど、
法律上の配偶者をもつ僕が、ほかの女性と性的関係を持つことは
民法上の「不貞行為」に当たるし、
そういう意味で僕は夫婦間の「貞操義務」を犯しているということになる。
もちろん、その配偶者と合意の上だし、
実際に罪に問われることはないのだけれど、
法律上問題があることはたしかといわざるを得ないし、
リスクがないわけじゃない。

とはいえ、今でも僕は結婚してよかったと思っているし、結婚というものが、
このライフスタイルを実践する上での妨げになっていると思ったことはない。
このあたり、僕自身にもいまいち整理し切れていないので、また考えてみます。


Q. 「ポリアモリー」は、「セクシャルマイノリティ」なの?
A. そうだとも言えるし、そうじゃないとも言える。

最近、日本の世間では、「LGBT」と言う言葉がよく聞かれるようになってきた。
LGBTは、レズビアン、ゲイ、バイセクシャル
トランスジェンダーを表す言葉だけれど、
一般的には「セクシャルマイノリティ」全般を表し、主張するところは、
「性の多様性を認めること」だ。
そうした中で、僕ら「ポリアモリー」が、
セクシャルマイノリティ」の中にふくめられるかどうかは、
まだまだ議論があって定まらない。
性質としては違う部分もあるけれど、
「性の多様性」という意味では同じ要素を持っているから、
「便宜上」同じ枠組みの中に入って活動したい、というのが僕の考えではある。
一方で、ポリアモリーは複数の人と恋愛関係にある、という「状態」を示すものであり、
生まれつきのセクシャリティとは違って、
自ら選びとったライフスタイルである、という意見もある。
なるほど、と思う部分もあるけれど、僕としては、
「自分の性質にふさわしい生き方を模索していたら
必然的にポリアモリーにたどり着いた」という感覚なので、
「選びとった」という感覚はあまりなかったりする。
(余談だけど、ポリアモリーの中には、
バイセクシャル(またはパンセクシャル)やノンセクシャルなど、
ほかのセクシャルマイノリティの要素を持っている人も多く、
そういう意味で両者が重なっている部分もある)


Q. で、結局あなたはどうしていきたいの?
A. とりあえず、「そういうふうに生きている人もいる」ということを伝えたい。

僕がしたいのは、「モノガミーよりポリアモリーの方が優れている!」
とか主張したいわけでもなく、
「ポリアモリーの権利を認めるべきだ!」と言いたいわけでもなくて、
それが嫌いとか、理解したくないという人はそのままでもいいけれど、
望んだわけではないけれど、複数の人を同時に好きになってしまうという性質を持った人が、
周囲の人の倫理観とくらべて、自分を責めてしまうときに、
「君と同じような性質で、何とかしあわせに生きている人もいるよ」ということを、
僕の生き方を持って、伝えられたらいいな、ということなのだと思う。
実際、ポリーラウンジに新しく参加した人などで、
自分のこの性質を、誰にも相談できなくて、みんなからそれはよくないとたしなめられて、
どうしていいかわからなくなっていたところを、
「自分以外にもそういう人がいる」ということを知って、すごく楽になった、
と言ってくれる人がいる。
そういう人を、一人でも増やしたい。
そうして一緒に、しあわせになる手段を探していきたい。
それが僕のやりたいことなのだと思う。


長くなってしまった。今日はここまで。
ご質問やご意見、それからご相談。
いつでも待っています。

 

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