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僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

書評:深海菊絵『ポリアモリー 複数の愛を生きる』

あいとかこいとか。 おもい。
ポリアモリー 複数の愛を生きる (平凡社新書)
  by カエレバ

 

やっと出た。

日本でもポリアモリーの本が。
しかも、マニアックな小出版社からの「イロモノ」の本としてではなく、
平凡社新書」から、全国の書店に流通する一般本として。

 

これはすごいことだ。
今まで日本でポリアモリーについて知る手立ては、実質的に、
Wikipediaの記述くらいしかないような状態だった。
これでようやく、「この本を読んで」といえる。
あとで書くように、「この本の内容=ポリアモリーに関わる人の考え方」とは言えない部分もあるが、
それでも、「ポリアモリー」という概念が一部の人の妄想ではない、と説明するための材料として、
この本の価値はとても高いものだと思う。

 

著者の深海さんは非当事者だが、当事者に向ける視線がすばらしい。
一言で言えば、「敬意をもって、尊重している」。

 

この本は、
「アメリカでポリアモリー・グループに参加するポリアモリー実践者へのインタビューをまとめた本」だ。
アメリカには少なくとも数千人の参加者をもつポリアモリー・グループがあって、
その中で「ポリアモリー的思想」を練り上げてきたらしい。
僕自身も「ポリアモリー当事者」を自認しているが、
実際に試行錯誤しながら生きている先人の取り組みを、この本を通じて知ることができたのは大きな収穫だ。
アメリカでの取り組みが、僕自身の人生においての道しるべとなることもあるだろうと思う。

 

一方で、少し気になる点もある。
この本で扱っているのは一貫して「ポリアモリスト(ポリアモリー主義者)」であり、
僕が実感として感じている「ポリアモリー当事者」とは必ずしも一致しない、ということだ。
日本とアメリカでのポリアモリーの扱われ方は大きくちがうし、
「ポリアモリー・グループに参加しているポリアモリスト」というのは
必ずしもポリアモリーの平均的な姿を映しているわけではないと思うから、
あくまでもこの本は「世界のポリアモリー的な人の中でもっともアクティブな人たちの行動原理を解説した本」と考える必要があると思う。
本の中では、「ポリアモリーの実践には『理性』と『知性』『コミュニケーション能力』が必要」だの、
「ポリアモリストには白人、中産階級、高学歴が多い」だのといった分析が出てくるが、
それは単に、「おもにインターネット上で展開される、最先端のアクティビティに敏感な人」の傾向であって、
「ポリアモリー性をもつ人」の有無にはまったく無関係だと思う。

 

ポリアモリーは「性質」か、「主義」かという議論がある。
「性質」というのは、たとえば同性愛などの「セクシャリティ」と同じように、好むと好まざるとに関わらず、
自分の特徴としてあるもの、ということ。
一方で「主義」というのは、その思想に感銘し、自ら選びとった一種の「ライフスタイル」であるということ。
実際には、「ポリアモリー」については「性質」と「主義」のどちらもがあり、それぞれが別個に存在しているのだ、と僕は思う。

 

「性質」として「ポリアモリー性」をもつ人がいる。恋愛的に好きな人を、たったひとりに定められない人だ。
「ポリアモリー性」をもつ人同士が出会い、
お互いに話し合った上で「ライフスタイル」としてポリアモリーを実践するかもしれない。
「ポリアモリー性」をもって生まれたとしても、「常識」としてのモノガミー的な枠組みの中で、
それを「実践」せず、「ポリアモリスト」にはならないことも非常に多いだろう。
あるいは、オープンな関係ではない、「浮気」や「不倫」という形になるのかもしれない。
逆に、ライフスタイルとしての「ポリアモリー」を選んでいる人が、
必ずしも「ポリアモリー性」をもっているわけでもないだろう。
「ポリアモリー性」をもつパートナーに合わせるため、などの理由で、
「ポリアモリスト」である人もいるはずだ。

 

僕にとって身近な日本においては、
ポリアモリー性をもって生まれてしまったけれど、そのことが、
モノガミー性を善とする社会の中で受け入れられず、
自分が悪なのではないかと苦悩する人、が圧倒的に多いだろう。
「ポリアモリー」という概念は、
「ポリアモリー性をもちながらも自分なりの倫理にもとづいて生きる」ことを強く望む人にとっての、
救いとなる可能性があるのだと、僕は思っている。

 

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