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僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

中くらい。

おもい。 ぼくの倫理。

ふと、思ったこと。
「大きいことはいいことだ」とは、僕はぜんぜん思わない。
昔から、大きくなることにはあんまり興味がなかったなぁ、と思う。
大きくなる、ってのはまぁ、いろんな意味でね。
「ビッグになる」とか言った方が、意味は伝わりやすいかな。
この、「ビッグになる」とかいう言葉は
もはや死語になっている気がするように、
たぶん世間の風潮は、大きくなることばかりを目指すのは
そろそろお終いだ、と思い始めているようにも感じる。
とはいえ、ビジネスの世界では、
まだまだそういう雰囲気は残っている気もするけどね。
いまだにいろんな業界で「大合併」が進んでいるのとか見ると、
そんなに大きくなってどうするんだ、ってよく思う。

「大きくなんてなくてもいい」っていう考え方は、
とてもいいと思う。
「足るを知る」という言葉もあるけど、
実際問題、年収1000万円とか、僕には使いきれる気がしないし。

だけどそこでふと思う。
「大きくなんてなくていい」、という考え方は、
反動的に、「じゃあものすごく小さくなる」ってことになりがちだなぁ、と。
格差社会、なんていう言葉にはあまり意味を感じないけど、
でもとにかく二極化が進んでいるという実感はある。
構造、というよりも、多くの人々が進んで極端なものを望んでいるようにも見える。
二元論化、と言ってもいいのかも。

そこで僕が感じるのは、もっと「中くらい」が
見直されるようになったらいいな、ということ。
大きいのも、小さいのも極端だ。
どっちにしても、利点と欠点がそれぞれに大きすぎる。
そういう状態は、たぶん余裕がなくなってくる。
いちばん余裕がある状態って、「中くらい」じゃないだろうか。

大企業と中小企業、という言葉はあるけど、
それは大きいのと小さいの、という意味だ。
単独で中企業っていう言葉はない。
今までの社会では、「中企業であることを貫く」っていうのは、
なかなか受け入れられなかったのかもしれない。
でも今、そういうのを目指してもいいんじゃないかと、
僕は思うのだ。

そういえば、かつて僕が衝撃を受けた「ほぼ日刊イトイ新聞」のコピーは、
「ゴキゲンを創造する、中くらいのメディア」
だったなぁ。

めざせ、中くらい。

 

※5年前に別ブログで書いたものを、転載。