僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

僕が「ポリアモリー」を発信するわけ

僕がツイートで予想したとおりに、

脊髄反射的なポリアモリー批判はもうほとんどなくなったみたい。
こんなタイミングで、それでもまだこの言葉が心に残っているあなたへ、
僕が「ポリアモリー」を発信するわけを伝えたいと思う。

ポリアモリーを批判する言葉の中に数多くあったのが、
「黙ってやっていればいい、表舞台に出てこようとするから叩かれるんだ」
というもの。
まぁ、そうかもしれない。
僕はもうすでに、見ず知らずのだれかに認めてもらったりしなくても、
僕の手のとどく範囲の親しいなかまたちとともに、しあわせにくらしている。
このままの生活を続けようとするのならば、口を閉ざしてしまってもいいのかもしれない。
だけど。
今僕の周りにいる大切な人たちとつながることができたのは、
僕が声を上げたからだ。

同時に複数の人を愛してしまうことはいけないことなのだろうか?
好きな人たちみんなで、しあわせになれる方法はどこにもないのだろうか?
そんなふうに思ったどこかのだれかが、
インターネットの海を泳いで、僕のところにたどり着いた。
そのために必要だったのが「ポリアモリー」という言葉の「目印」だ。
僕自身はもうしあわせで、これ以上周りに望むことはないのだけれど、
日本中にはまだまだ、一人で悩んでいる人が大勢いるんだろう。

僕自身は教祖でもなければカウンセラーでもないから、
流れ着いた人を救うことができるわけじゃない。
だけどもしかしたら、僕自身がしあわせに生きていることそのものが、
だれかを少しだけ勇気づけるかもしれない。

世界の意識を変えられるのはまだまだ先だろう。
今はまだそこまで望んでいるわけじゃない。
ただ、孤独にふるえている、あなたのところに届いたらいいな。