僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「レギュレーション違反、東南アジアの花、ハッピーバースデイ」 by あかいかわ @necokiller (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空 

 

 塔に閉じ込められて三週間になる。
 部屋は狭いけれどベッドは十分にふかふかだし、毎日シーツも替えてくれる。食事も三食欠かさず出る。夕方にはチョコレートとコーヒーも運ばれてくるし、読みたい本のリクエストはほぼ答えてくれる。なんというか、「閉じ込められている」という言葉が正しいのかどうかさえ、疑わしくなるときがある。
 でも僕はちゃんと閉じ込められている。外側からかけられた鍵は絶対に開けられないし、窓から外へ飛び出るなんてできるはずもない。眼下にはいつも分厚い雲が敷き詰められていて、地上までどれくらいの距離があるかわかったものじゃない。僕は何度か窓を出てここを出られないか探ってみたことがある。でも無理だ。僕は僕のそれなりに惨めな身体能力を過大評価できるほど楽観的な人間じゃない。僕にここを出ることは不可能だ。見事に完璧に疑いもなく。そして誰かそういう境地に立たせるということを、「閉じ込める」と呼んで差し支えないだろう。
 窓の向こうはいつも青空で、鳥さえ飛んでいるところを見たこともない。雨もふらない。まあ、視界を閉ざすあの雲の下ではひっきりなしに雨模様なのかもしれないけれど。
 部屋のドアが開くのは三度の食事を運ぶ・持ち去る計六回に、毎日一度の部屋の掃除(シーツの交換もそのときされる)とお昼すぎのお茶菓子の時間(飲み終わったカップなどは夕食のときにまとめて持ち去る)、その他リクエストした本や新しい服、筆記用具などを持ち込むときなどが加わる。会話できる機械兵士もいれば、できないやつもいて、僕は内心そいつらを「はずれ」と呼んでいる。でも会話できるやつだって必ず僕に返事するわけじゃない。あなたと話をすることは禁じられている、とそっけなく答えるやつもいる。というか、そういうやつのほうが圧倒的に多い。
 僕のお気に入りは深緑をした機械兵士だ。料理の味付けにクレームを入れるとちゃんと聞き入れてくれるのはこいつだけで、おかげで料理の味付けがだいぶ塩辛くなくなった。こいつが掃除当番のときは、ずいぶん長く話し込むこともある。彼の名前を聞いてみたが、そういうものはないとの返事だった。僕は彼を「モリ」と呼ぶことにした。
 モリはずいぶん掃除がうまい。道具の使い方が的確で、動きに無駄がなく、拭き残しなどしたところを見たことがない。みんなほとんど同じように見える機会兵士にもそのへんは個性があって、ひどいやつは本当にひどい。むしろ掃除する前よりも部屋が汚くなっていることさえあるくらいだ。僕がそうモリに伝えると、窓を入念に磨きながら彼は答えた。私は、もともとが清掃用プログラムをインストールされたタイプですからね。他のモノとはちょっと経歴が違うのです。みんな大抵は純粋な戦闘用タイプのモノたちですよ。
 モリも戦争へ行ったことがあるのか、と僕は尋ねた。ハハハ、とモリはつぶやいて(笑ったのか?)、いまは私はウイルスとの戦争を戦っていますよ、と答えた。

 さらに三週間が経った。
 状況はなにもかわらないが、僕の方で変化があった。モリ以外の機械兵士たちのこともすこしずつ理解し始めたのだ。
 僕が「はずれ」とみなしていたやつらも、実は会話をできることがわかった。彼らはただルールを他のやつらよりも大事にしているだけなのだ。つまり規則としては、機械兵士は僕とコミュニケーションを取ってはいけない。ジェスチャーも、目配せさえも駄目なのだから、会話なんてもってのほか。とはいえ彼らのレギュレーションも物理法則の厳密さというわけではなく、すこしずつっ言葉を交わすようになってきたやつもいる(相変わらずだんまりのやつももちろんいる)。
 例えば僕が「ハナ」と名付けた薄紅の機械兵士。機械兵士に性別なんてあるか疑問だけれども、女性のような喋り方をするこいつは僕に花を見たことがあるかと尋ねた。ない、と僕は答えた。
 そうですか。残念そうに(というのは僕の解釈)ハナはつぶやいた。
 その話をモリにしてみたら、こんな話がかえってきた。ハナは四十年前の大戦のときに東南アジアの戦線で戦ったらしく、余暇にめずらしい植物のスナップをたくさん集めることにはまっていたらしい。とはいえ仲間の機械兵士たちにそんな趣味を理解してくれるモノもなく、ニンゲンになら伝わると思ったのではないか、と。残念ながら僕はそれを共有することはできなかったわけだけれど。
 でも花の写真を見せてくれるなら喜んで見たいけどな、と僕は行った。モリは苦笑しながら(あくまで、僕がそのように感じたということ)反論した。あくまでその機械兵士のメモリに保存されているだけで、厳密には画像というわけでもなく、写真のような出力は不可能ですよ。

 さらに三週間経った。
 日付はたぶん四月十一日。正しければ、僕の誕生日ということになる。
 そう伝えると、ハナはおめでとうございますと定型文を返してくれた。そしてまたいそいそと本棚のホコリを拭き取り始めた。手持ち無沙汰になって、僕はハナに尋ねてみた。四十年前の戦争は、大変だった?
 私はたくさんの機会兵士と人間たちを殺しました。テキパキとした動作で掃除を続けながらハナは答えた(こういう無駄話にも付き合ってくれるようになっていた)。昇進してパーツがグレードアップして、指揮権も少しずつ拡大していくことにやりがいを見出していましたので、苦労はありましたが、いい思い出です。
 優秀な機械兵士なんだね、と僕は感心した。その機敏な動きを眺めながら、皮肉ではなく本心からつぶやいた。そしていまは、腕利きの掃除婦さんだ。
 ハナは何も答えなかった。
 四十年前。またも手持ち無沙汰になって僕はつぶやいた。なんとなく、君はもっと若い機械兵士かと思っていたよ。言葉が正しいかわからないけど、最新型、とでも言えばいいのかな。
 我々に年齢などありませんよ。拭き掃除を終えて、雑巾をゆすぎながらハナはいった。日々繰り返されるアップデート、老いるということもない、もちろん経験は積み重ねていきますが。ニンゲンとは違います。
 俺はまだ若いんだよ。僕は鏡に映る自分の姿を見つめながらちょっとだけ得意げにいった。今日、ようやくにして二十代に踏み出した。
 おめでとうございます。ハナはまた機械的に(本当に)繰り返した。少しだけ間を開けて、こう続けた。私が東南アジアで戦ったニンゲンたちも、そのほとんどが二十代でしたね。
 彼らはよく戦った? と僕は尋ねた。
 叫んでいました、とハナは答えた。いつになく感情を宿した声で(あくまで、僕にとって)つぶやいた。私はその叫び声をとても好もしく思っています。
 不思議な沈黙が満たされたあとで、掃除道具をしまいこんでハナは部屋を出た。ドアを閉める直前、ハナはそっと声をかけた。今日の夕食と一緒に、アルコールを加えるようにいっておきましょう。
 ありがとう、と僕は答えた。そしてもう一度だけ鏡を見て、東南アジアに咲く花のことを思った。