僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「あめの音」 by 永月いつか @itzka_nagatzki (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

雨、飴、ワイパー、峠道、愛

 

 

 中学の同窓会が渋谷であった。中三のクラスと、となりの組の合同で企画されたらしい。土曜の夜、安っぽすぎないチェーンの居酒屋だ。
「10年ぶりか」大学に行って新卒で働いている人は、今年で3年目になる年だ。同級生の半数ほどはこのコースを辿っている。
 中学卒業以来、家庭も家族の場も東京に移ることになった亜以子には、なんだか居場所がなく感じられた。
「あれ、亜以子じゃない?」馬鹿騒ぎする男性陣を机の向こう側に見やりながら一人でビールを飲んでいたら、後ろから声をかけられた。
「おお、泉っちゃん」
 泉はカシスオレンジのグラスを手に微笑んだ。彼女とは音楽委員で一緒で、泉は委員長だった。
「今何してるの?」
「今学生だよ。音大の」
 ええ、すごいねと通り一遍のリアクションをされた。……泉にそのリアクションをされたことにちょっとイラついて、ジョッキを飲み干しながら、泉は何をしているのかとふつうの会話をした。
「でも泉のほうがピアノうまかったじゃないね。いろいろ賞とったりさ」
「結局親が受験にうるさくてね」
 あっそう、と新しく来た徳利からおちょこに日本酒を注いだ。
「ふくいーんちょは?」
 あそこにいるよ、と泉が指したほうは、座敷の出入り口だった。
 ふくいーんちょの、ちいさい身体から生まれる躍動感のある指揮は素晴らしかったなあ、と思いを馳せつつ、今は大きくなった大輝に声をかけた。
 おお久しぶり、とあいさつし合って、今は何をしているのかとい聞いたら、「学校の先生だよー」だそう。
「なんの教科?」亜以子は靴箱に寄りかかって、煙草に火をつけた。
「英語なんだ」
「部活とかは?」
「それが陸上部なんだよね」
「ええ、君運動嫌いだったのに」
「そうなんだよね。俺も興味がなさ過ぎて、教えるのか苦痛だし、そのことが生徒たちにも申し訳なくてさ」
「音楽系の部活はないの?」
「いや、あるんだけど。新人だからあんましわがまま言えなくてさ」
……そっか、と亜以子は煙を吐いた。
「残念だなあ」
 大輝は亜以子から一本煙草をもらいながら、そんなの子供のころの話でしょう、と苦笑した。
「馬鹿、私は本気で君たちの音楽に憧れてたんだ」
 ぎゅっと灰皿に煙草を押し付けて、鞄ととりに座席に戻ると、泉がどうしの?と目を丸くした。
「帰る」
 靴箱を通りかかると、大輝が灰を落としていた。追いかけてきた泉と何か話している。
 靴を履いて外にずかずかと出ると、雨が降っていた。
 もういいか、と思い、歩き始めると、2、3歩も歩かないうちにびしょ濡れになった。自分の憧れのひとたちが、今はもうその才能や情熱に関係のないことをしているんだと思ったら、馬鹿なのは自分だけみたいで、悔しくて泣きそうになったが、涙も雨に紛れていった。 
 泉が後ろから傘を差してきた。
「もう私はいいよ、泉が濡れるでしょう」
「……私車だから、送っていくよ」
 と言うので、私たちは泉の車に乗り込んだ。
「車買ったんだ?」どう見ても新車だった。
 泉は、「そう~、満員電車嫌だからね」と嬉しそうに言った。
 あ、飴食べる?と、続けて泉は居酒屋の会計にあるミントの強い雨をくれた。
 峠道に差し掛かってワイパーが一層激しく、窓についた水滴を散らす。
 強い雨音のなかで、泉の声がやけに響いた。「私たち、泉の音楽づくり大好きだったよ。きっといっぱい勉強して、今はもっと素晴らしいんだろうな。」
いつか聴きに行くから、と泉の微笑む横顔を見ていた。私は傘と服も顔も雨でびしょびしょだった。