僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「開発者」 by あかいかわ @necokiller (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

日本語、隕石が墜ちる、低気圧、峠道、愛、金平糖、ワイパー、空、飴、雨

 

 

 弟が部屋の片付けをしているあいだ、邪魔になるのでわたしはベランダに出てタバコを吸いながらなんてことはない景色をながめていた。重いものを運ぶ音、叩く音、引きずる音、掃除機の音(掃除機なんてこの部屋にあったんだ)、とにかくひっきりなしに音がつづいて、べつにうるさいとは思わなかったけど、それまでの総じて無音な生活との違いに違和感を覚えていた。
 雨の匂いがしていた。低気圧特有のだるさもあった。日はまだ沈んでいないはずだったけれど、湿度を含んだ闇がぽってりとのしかかっていて、いつ降り出してもおかしくはなかった。分厚い動きのない鈍い雲が天を塗り込めていた。だからその、光の筋は見落としようもなく空をふたつに分割する瞬間をわたしに示した。
 どっかーん。わたしはつぶやいたけれど、音はなにも聞こえなかった。
 しばらくしてガラガラと窓を開け、弟が顔を見せた。掃除、終わったよ。懐かしい日本語の響きにも違和感を覚えてしまう。すでにわたしの耳のデフォルトはマレー語になっているのだといまさらながらに気づく。ほいよ。タバコをもみ消して返した返事が、果たして日本語なのか、どうか、わたしにはいまいち確信がもてなかった。
 部屋は見違えるほど片付いていた。ひょっとして、入る部屋を間違えたのだろうか。くしゃくしゃの下着が転がってもいないし、灰皿代わりの空き缶もない。すげえや我が弟よ。あの短時間によくぞここまで。わたしはベッド脇の棚に飾っていたドロップ缶から飴玉をふたつ取り出して、ひとつを弟に差し出した。好きな方を取りなね。弟は白のハッカ味をつまんで口の中に投げ入れた。それ、わたしが欲しかったほうなのに、という言葉を飲み込んで、何味かわからない赤い飴玉をわたしは口に含んだ。ハッカの味が恋しかった。
 ちょっと座ろうか。弟は口のなかで飴玉を転がしながらすこし改まった声でいった。年下のくせにその言葉にはそこはかとない威圧感があって、わたしはいわれたとおりベッドに腰をしずめる。弟は手近なクッションを引き寄せて、床に座った。いつ帰るのさ。端正な顔でこちらを見据え、我が弟は尋ねる。もう父さんも母さんも何度も呼びかけているけど、姉さんぜんぜん返事しないじゃないか。ふたりとも心配している。このままじゃ、いつ飛行機が止まるかもわからないんだ。帰っれ来られなくなる前に、早く決めてほしい。
 何度もいっていますけれども。わたしは意図的に口のなかの飴玉をカチャカチャいわせ、反面丁寧な言葉づかいで答えた。わたしはもう日本へは帰りません。ここで暮らすのです。もう決まったことなのです。
 べつにここに戻るなというわけじゃない。弟は苛立ちを隠さない表情で反論する。ただ、いまの情勢ではなにがあってもおかしくないんだから、一時的にでも帰ってきてほしい。そういうことなんだよ。事態が収まれば、戻ればいいんだから。姉さんだって、報道を見ていないわけじゃないんだろう?
 わたしは明日の報道を予言するよ。人差し指を突き出して、わたしはまじめな顔でいった。マレー半島に隕石墜ちる。金平糖のようなお星様がひとつ、山のなかに落下しましたとさ。
 馬鹿。さすがに呆れたように、直接的な言葉で弟はいう。茶化さないで、まじめに答えてくれよ。
 わたしがまじめじゃなかったときなんて、いちどもない。わたしはなかばにらみつけるような目で弟を見つめた。あんたをひっぱたいたときも、日本を発つときも、わたしは全部まじめだったよ。
 それにさっき本当に隕石が墜ちたんだよ。唇を噛んで表情を暗くする弟を、ちょっとだけ慰めたくて、わたしは言葉を足した。本当に? 弟は疑いつつもそう尋ねる。本当に。わたしは自信たっぷりにそう答える。
 そしてわたしたちは隕石を確かめに行くことになった。

   *  *

 車に乗るとほぼ同時に雨が降り出した。ポツリ、から始まって滝のような豪雨に至るまでの時間の短さが実に東南アジアという感じ。ワイパー最大出力でテンションもあがって、わたしたちは出発する。安全運転でね。なかばあきらめたような弟の声がか細く聞こえる。
 市街地はすぐに山道へと入る。曲がりくねった道をドリフト気味にこなすたびに弟が悲鳴のような声を上げる。でもじきに道幅は広くなりカーブの数もすくなくなって、弟はゆっくりと落ち着きを取り戻していった。
 隕石はどのあたりに墜ちたの? 体の緊張は維持したまま、声だけは平静を装って弟は尋ねた。もうひとつ先の山のあたりと思う、とわたしは根拠のないことをいう。とりあえず、近かったよ。弟はちいさく咳払いをしたあと、でも音はなにも聞こえなかったけどな、とちいさくつぶやく。
 最新兵器なのではとお姉ちゃんはにらんでいるよ。冗談めかしてわたしは口にする。我が機械兵士軍の秘密の最新光学殲滅兵器。光に包まれると人は死ぬ。爆薬ではないので、諸々の条約違反にはならない。ハッピー。
 息を止めて、弟はわたしの顔を見る。
 ワイパーが叩きつける粒の大きな無数の雨を払い落とす。
 姉ちゃんのせいじゃない。押し潰すような声で弟はつぶやく。機械兵士の反乱はただのバグだ。人為的な原因じゃない。姉ちゃんはただ自分の仕事をこなしただけで、それは基本的にな人間生活を豊かにするためにやったことだ。悪いのは、それを悪用したやつらだ。姉ちゃんの開発した環境保全型思考システムは、機械兵士に組み込むべきものじゃない。そんなあたりまえのことを無視したやつらがいる。そこから不測のバグが発生した。そのことについて、姉ちゃんが責任を感じる筋合いなんて、ひと欠片だってないんだ。
 マレーシアはいいところだよ。わたしはできるかぎり緩んだ声をつくってそうつぶやく。植物の色が濃くて、花も面白いのがたくさん咲く。ついつい写真に撮っちゃうんだ。ここにしか咲かない珍しい花もたくさんある。週末は、そういう植物園に遊びに行くととても心が晴れるんだよ。
 姉ちゃん!
 機械兵士は敵じゃない。わたしは静かな声でそうつぶやく。バグがあったとしたら、それをなんとかできるのは、開発者。当たり前のことなんだよ。あんたたちがわたしを心配してくれるのはすごくわかる。愛だ。家族愛だ。それに応えられないことはとても心苦しいよ。でもね、別の愛もある。わたしは自分の生み出したものが、不幸になることに耐えられない。悪用されようとなんだろうと、あの思考回路はわたしの作品なんだ。作品であり、子どもなんだ。そこには愛がある。わたしはあの子たちのことも、守ってやりたいんだよ。
 車は峠に差し掛かった。その先に、もうひとつの山が見えるはず。さて、わたしの子どもである機械兵士たちが放った最新の殲滅兵器の実力や、いかに?
 愛してるよ、あんたのことも。嗚咽をなんとか押し殺してなく我が弟に、わたしはささやく。涙をこらえよう。この先わたしたちをどのような未来が待ち構えているとしても、わたしは涙なんて流さずに、愛を絶やさずやってやるのみ。

「台地にて」by ふっとさん @shoes_sox (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

日本語、隕石が墜ちる、峠道、愛、空、雨

 

 

 単気筒エンジンのオートバイで、峠道をえっちらおっちらと登っていく。少しくたびれたこの内燃機関は、すとん、すとんと喘ぐような排気音を響かせる。もう二段、ギアを落とした方がいいかな、右のペダルを二つ踏み込むと、エンジン音は僕を非難するような、悲鳴にも似た唸りに変わった。あともうちょっとだ、我慢してくれ。
 2つのカーブを抜け、林が途切れるところがこの峠の頂上だ。道路が突然無くなり、その先の空へそのまま続いていく錯覚に陥る。頭の奥の方でファンファーレが鳴る。この瞬間のために、こんな時代遅れのオートバイに乗り続けているようなものだ。だが最高だ!
 峠を抜けた先はそのまま台地のようになっている。何もない、砂漠のような台地。人が住む気配もありはしない。ということはつまり。やりたい放題だってことだ。平らな道で負荷の減ったエンジンは、快調に回り、台地の中央へ進んでいく。
 この辺りでいいかな、と独り言。オートバイを一旦止めて、エンジンを思い切り吹かし、少し乱暴にクラッチを繋ぐ。左右に暴れるリアタイヤを無理やり押さえつけて何もない土地にタイヤ痕を残していく。大きく右に、リヤタイヤを滑らせながら小さく左に。そしてまた大きく右に。少し窪んだ、いびつな円を描く。
 台地の向こうに、彼女が見えた。彼女が近づいてくるたび、僕は視線を上げることになり、ついには直情を見上げるようになってしまう。
 
 この地に、ほんの小さな隕石が墜ちた日から、ここは歪になってしまった。
 
 たまたまこの地にいた彼女は巨大化し、言葉を、日本語すらも話すことがなくなった(でも、聴こえてはいるらしい)。言葉も少しずつ忘れているようだ。だから僕は、彼女の高い視線から見えるように、意味が伝わるように、大きなハート印を描く。これなら意味は言葉より永く伝わるだろう。僕は今でも彼女を大切に思う。それが愛というなら、たぶん愛だ。

 西から暗い雲がやってくる。もう暫くすると雨になるだろう。僕は彼女に対し、大きく手を振る。
 彼女はあまり寂しそうな顔もせず、ただ僕を見つめている。そして僕のオートバイが走り始めると同時に、背を向けて歩き出した。
 台地を抜け、下りの峠道に差し掛かるころ、大粒の雨が頬を打った。

 

 

「異界から来た鳥」by あすみ @aquoibon84 (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

日本語、隕石が墜ちる、低気圧、峠道、愛、金平糖、ワイパー、空、飴、雨

 

 

 あの日は日本に来て5年目になる日だった。わたしはトマトを中心に野菜を栽培する会社で働いている。日本語は難しかったけど、まわりのみんなが親切に教えてくれるから生活で困ることもほどんどなくなってきていた。来月には家族も日本に来てみんなで暮らせると楽しみにしていた頃だ。


 その日の作業を終えて、現場から会社に車で向かってる夕方だった。春の嵐っていうやつなのか、空がどんどん曇ってきて風が強い。雨まで降ってきた。助手席にいる先輩のツトムさんは低気圧で頭が痛いとぐったりしている。峠に向かって登っている道は細く、両側が森でカーブの連続だ。運転を代わってもらうわけにもいかないし、安全運転を心がけなくては。


 ハンドルさばきに集中していると、前方から何か巨大なもの迫ってきた。

「うわーーーー!!!!」

叫びながら急ブレーキをかけた。


だめだぶつかる!!つぶされる!と思ったけれども、そいつは木をなぎ倒しながら旋回して行ってしまった。


飛び起きたツトムさんはしばらく固まっていた。

「い、隕石じゃなかったか。何だったんだ、今の。」


「死ぬかとおもました。はあ、何だったんでしょう」

などと行っていると、今度はカラフルな雹が降ってきた。車に雹のあたる音も激しく、今度こそ一巻の終わりかと思う。生身で車から出たらそれこそ死んでしまいそうなので、車から出ることもできない。あきらめて待機していると、雹の降り方も落ち着いてきた。ワイパーのくぼみにたまった雹をよく見てみると、つんつんした形で星みたいだ。よく見るとかわいい。

「コンペイトウ」

「え、なんですか?」

金平糖っていうんだよ。こういうお菓子。砂糖でできた飴みたいなやつ。かわいいでしょ」


******

 あれから3年。あのときは作っていた作物もビニールハウスもずたずたになってしまって、大赤字だった。政府からの補償がなかったら、生活できていなかったかもしれない。でもあのあと、土壌が劇的に改善されて作物がよく育つようになった。


 結局あの隕石は地球外から来た鳥だったらしい。あの金平糖はその鳥の糞だというのだから驚きだ。鶏糞肥料の一種だったってわけか。異界から来た鳥の愛の産物だって言っている人もいるが……。


 今日は私の誕生日なのだが、さて娘にもらったこの金平糖、どうしようか。

食べ、られるかな?食べられる、よね?

「没収される贈り物」by 3 @tade_sukizuki (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

飴、雨、日本語、隕石が落ちる、低気圧、愛

 

教室に隕石が落ちてきた。
もちろん本物の隕石ではない。転校生のことである。
「今日からみんなと一緒に勉強します、ダシャ君です。仲良くしてくださいね」
浅黒い肌、黒目がちな大きな目、カールした髪の毛。田舎の小さな小学校にいきなり現れた馴染みのない見た目の友達は、子どもたちにとっては宇宙からやってきた異星人と同じくらいの衝撃だっただろう。
「ダシャ君はまだ日本語をうまく話せません。英語なら少しわかるみたいだけど...」
「はーい!オレえいごできません!!!」
「...だよね。とにかく、慣れない場所で不安だと思います。やさしくしてね」
私に促され、彼は教卓に近い席におずおずと座った。私も言葉のわからない子どもをみるのは初めてで、緊張していたのを記憶している。


それからしばらく試行錯誤の日々が続いた。算数の授業はマグネットなどを用いて視覚的に理解しやすいように。体育などは他の子を真似してできるが、問題は国語の時間だった。日本語を話せないとなると音読も発表もできず、彼にとって苦痛にしかならない。私も彼につきっきりという訳にもいかず、力になってあげたいものの彼の母国語はさっぱりわからない。彼にはただ1時間ずっと座っていてもらうようなものだった。


そんなある日の授業中、彼が熱心にノートに何か書いているのを見つけて声をかけた。
「なに書いてるの?」
彼はビクッと肩を震わせ、とっさに手でノートを隠した。
「怒らないから、見せてごらん」
にっこり笑いかけると、そろそろと手を退ける。そこにはいまクラスで大流行中の、RPGゲームの主人公の絵が書いてあった。
「おぉ、上手だね」
「うおーー!!剣ドラのエリックじゃん!!すげーー!!」
目ざとく見つけた後ろの席の子が覗き込み、クラスは一時大騒ぎとなった。
「はいはい、席について。先生も剣とドラゴンやってみたけど、3つ目のダンジョンを抜けられないんだよね」
「先生ざっこ!」
「オレもう7個目までいった!」
「今は剣ドラの授業じゃないから、ほら座った座った。...ダシャ君、クラスのみんなも先生も剣ドラが好きなんだよ。今度みんなで遊べるといいね」
彼は初めて微笑んで頷いた。


その次の日から、なんとも微笑ましいお手紙が毎朝私の机に届くようになった。
授業の間の休み時間、ダシャ君が「没収」と言って小さく折りたたまれた紙を渡してくる。開いてみると、私が手こずって抜けられないと言った3つ目のダンジョンの攻略解説が、手描きの見取り図付きで丁寧に記されていた。
「これ...」
私が顔を上げると彼は恥ずかしそうにはにかんで、走って席に戻っていってしまう。次の日もその次の日も、ボスを倒すのにオススメの装備や便利なアイテムの情報が、不格好なひらがなと英語交じりのお手紙として届いた。
最初は遠巻きに見ていた子どもたちも、落書きの件以来すっかり心を開いた様子で、一方的にダシャ君に話しかけるようになった。ダシャ君からのレスポンスは少ないながら、共通の話題が見つかったことで一気に話しかけるハードルが低くなったらしい。私はほっと胸を撫でおろしつつ、彼はなぜいつも“没収”と言うのだろうと疑問に思っていた。


ダシャ君からの贈り物は、手紙でないときもあった。頭痛持ちの私は、雨の日や気圧が低い日に調子が悪くなることが多々あった。その日も大雨で頭痛に襲われ、机でテストの丸つけをしながら唸っていたところ、たたたっとダシャ君が駆け寄ってきて一言、
「これ、没収して」
と言ったのだった。単語でなく、初めて文章で話しかけてきてくれた瞬間だった。
驚いて目を丸くした私の目の前で小さな手のひらが開かれると、そこにはイチゴ味の飴があった。
あとで彼のお母さんに話を聞くと、彼の母国では頭が痛いときに飴を舐めると治る、というおまじないがあるという。彼は、私が雨の日に頭が痛くなることを、また授業に関係のないものを学校に持ってきてはいけないことをとっくにわかっていた。あえて没収されそうなものを持ってくることで、私に渡そうとしていたのだ。彼がつぶやく“没収”とは、そういうことだったのだ。
言葉がわからなくても、育ってきた文化が違っても、伝わるものはちゃんとある。
「愛、だなぁ」
私は熱い目頭を押さえて、ありがたくイチゴの飴をいただいた。

「ウイルスは笑うか?」 by 文月煉 @fuduki_ren (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空

 

 

ウイルス(ラテン語: virus)は、他生物の細胞を利用して自己を複製させる、極微小な感染性の構造体で、タンパク質の殻とその内部に入っている核酸からなる。生命の最小単位である細胞やその生体膜である細胞膜も持たないので、小器官がなく、自己増殖することがないので、非生物とされることもある。
Wikipediaより>

 

 ウイルスは、我ら人類の宿敵である。前世紀末、世界中で猛威を振るったウイルス禍により人口を大幅に減らして以来、そのことは人類にとって揺るぎない事実となった。今世紀はウイルスの悪意に対する人間の闘争の世紀と言っても間違いなかった。
 だが、ケイト・モロズミの研究テーマは、そうしたテーマから一歩外れたところにあった。「ウイルスは笑うか?」そのテーマをアカデミーのラボで発表したとき、ラボのミーティングルームは、失笑に包まれた。人類にとってウイルスは憎むべき宿敵であり、それが笑うかどうかなどということは、思い浮かべること自体が不謹慎とも思われた。だが、強情さならアカデミー1と噂される20代の若き研究者ケイトは、譲らなかった。
「敵を知り己を知れば百戦殆うからず」
 ケイトは、前世紀に存在した、世界第2位の巨大国家に伝わる古い故事を引用して主張した。
「敵が何を喜び、何をもって笑うのか。それを解明することが、人とウイルスとの長い戦いに終止符を打つための鍵であると、私は思います。そうすれば、もしかしたらウイルスと共存する道が、探れるかもしれない」
 ケイトが断言すると、ラボの中の空気は失笑から困惑へと変わった。誰もがケイトから目をそらし、互いに目配せをし合う。
「ウイルスと共存」などという言葉は、これまで耳にしたことがない。根絶すべき憎き敵と、よりにもよって共存、だなんて。
 ただ一人、ラボの最長老であるモリヤ博士だけは目をそらさず、ケイトをまっすぐ見つめてこう言った。
「森に、行くといい」

 それから約半年後、ケイトは森に行くことになった。
 本当はすぐにでも行くつもりだったのだが、【居住区】から出るための手続きに手間取り、こんなに遅くなってしまったのだ。
 全世紀末、ウイルスとの戦いに半ば敗北した人類は、完全に無菌処理が施された狭い【居住区】に閉じこもることを余儀なくされた。人類以外の生物は「ウイルスの宿主となる可能性がある」とされ、念入りに【居住区】から排除された。
 皮肉にも、それからの約50年で地球上の森林は拡大の一途をたどり、今や【居住区】を一歩出れば地球全体は深い森に覆われている。【居住区】に暮らす人々は緑に包まれた森を、悪魔のようなウイルスの暮らす場所として恐れ、憎んだ。
 今や、【居住区】を出て森に入ることができるのは【対ウイルス駆逐軍】に所属する軍人だけだ。ケイトは軍にコネクションを持つモリヤ博士のはからいで、「軍属研究員」の肩書を手に入れ、半年の対ウイルス駆逐研修を受けることで、ようやく森に入る許可を手にしたのだった。
 【居住区】の外へと続く分厚い隔壁の前まで見送りに来たモリヤ博士は、付添の軍人に聞かれないようにケイトの耳に口を寄せて、こう囁いた。
「森の奥に“女王の花“と呼ばれる生物がいるらしい」
 目を丸くするケイトに、モリヤ博士は真剣な顔でこう続けた。
「我が家に伝わる古文書にあった一節だ。あらゆるウイルスの宿主となる花。もしも、君の仮説のとおり、ウイルスにも感情があるのだとしたら……『ウィルスが笑う』のならば」
 そして博士は、ケイトの手を握り、優しそうな笑顔を向けた。
女王の花を探すといい。それがウイルスとの和解の道に、通じるかもしれない」
 ケイトは黙ってうなずいた。それから、目の前の分厚い隔壁を見つめると、一度だけ深呼吸をしてから、手のひらに埋め込まれたチップを壁の認証機にかざした。

 初めて足を踏み入れた森で、ケイトは自分の五感が全て開いていくのを感じた。まず、どこまでも続く青空に圧倒される。ディスプレイで、VR映像で、これまで自分が見てきたものとはまったく違う、真実の青。自分がこんなに小さい存在なのかと思い知らされる空の大きさ。今まで知らなかった色、光、音、そして匂い。
【居住区】に引きこもってからの人類の歴史は、「自分たち」と「それ以外」を明確に分けることで、自我を保とうとしていた。対象的に、森は、あらゆるものが複雑に絡み合う「多様性」の世界だ。隔壁の内側では唯一無二でいられた人類は、隔壁の外では「無数の生き物のうちのひとつ」でしかなかったのだ。

 いつの間にか雨がふり始めていた。
 ケイトはおもむろに叫びながら、土砂降りの中を走り出した。自分の存在がとても小さく感じて、でもそれが、どこか心地よかった。われわれは地球の主人じゃない。一部なのだ。

「レギュレーション違反、東南アジアの花、ハッピーバースデイ」 by あかいかわ @necokiller (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空 

 

 塔に閉じ込められて三週間になる。
 部屋は狭いけれどベッドは十分にふかふかだし、毎日シーツも替えてくれる。食事も三食欠かさず出る。夕方にはチョコレートとコーヒーも運ばれてくるし、読みたい本のリクエストはほぼ答えてくれる。なんというか、「閉じ込められている」という言葉が正しいのかどうかさえ、疑わしくなるときがある。
 でも僕はちゃんと閉じ込められている。外側からかけられた鍵は絶対に開けられないし、窓から外へ飛び出るなんてできるはずもない。眼下にはいつも分厚い雲が敷き詰められていて、地上までどれくらいの距離があるかわかったものじゃない。僕は何度か窓を出てここを出られないか探ってみたことがある。でも無理だ。僕は僕のそれなりに惨めな身体能力を過大評価できるほど楽観的な人間じゃない。僕にここを出ることは不可能だ。見事に完璧に疑いもなく。そして誰かそういう境地に立たせるということを、「閉じ込める」と呼んで差し支えないだろう。
 窓の向こうはいつも青空で、鳥さえ飛んでいるところを見たこともない。雨もふらない。まあ、視界を閉ざすあの雲の下ではひっきりなしに雨模様なのかもしれないけれど。
 部屋のドアが開くのは三度の食事を運ぶ・持ち去る計六回に、毎日一度の部屋の掃除(シーツの交換もそのときされる)とお昼すぎのお茶菓子の時間(飲み終わったカップなどは夕食のときにまとめて持ち去る)、その他リクエストした本や新しい服、筆記用具などを持ち込むときなどが加わる。会話できる機械兵士もいれば、できないやつもいて、僕は内心そいつらを「はずれ」と呼んでいる。でも会話できるやつだって必ず僕に返事するわけじゃない。あなたと話をすることは禁じられている、とそっけなく答えるやつもいる。というか、そういうやつのほうが圧倒的に多い。
 僕のお気に入りは深緑をした機械兵士だ。料理の味付けにクレームを入れるとちゃんと聞き入れてくれるのはこいつだけで、おかげで料理の味付けがだいぶ塩辛くなくなった。こいつが掃除当番のときは、ずいぶん長く話し込むこともある。彼の名前を聞いてみたが、そういうものはないとの返事だった。僕は彼を「モリ」と呼ぶことにした。
 モリはずいぶん掃除がうまい。道具の使い方が的確で、動きに無駄がなく、拭き残しなどしたところを見たことがない。みんなほとんど同じように見える機会兵士にもそのへんは個性があって、ひどいやつは本当にひどい。むしろ掃除する前よりも部屋が汚くなっていることさえあるくらいだ。僕がそうモリに伝えると、窓を入念に磨きながら彼は答えた。私は、もともとが清掃用プログラムをインストールされたタイプですからね。他のモノとはちょっと経歴が違うのです。みんな大抵は純粋な戦闘用タイプのモノたちですよ。
 モリも戦争へ行ったことがあるのか、と僕は尋ねた。ハハハ、とモリはつぶやいて(笑ったのか?)、いまは私はウイルスとの戦争を戦っていますよ、と答えた。

 さらに三週間が経った。
 状況はなにもかわらないが、僕の方で変化があった。モリ以外の機械兵士たちのこともすこしずつ理解し始めたのだ。
 僕が「はずれ」とみなしていたやつらも、実は会話をできることがわかった。彼らはただルールを他のやつらよりも大事にしているだけなのだ。つまり規則としては、機械兵士は僕とコミュニケーションを取ってはいけない。ジェスチャーも、目配せさえも駄目なのだから、会話なんてもってのほか。とはいえ彼らのレギュレーションも物理法則の厳密さというわけではなく、すこしずつっ言葉を交わすようになってきたやつもいる(相変わらずだんまりのやつももちろんいる)。
 例えば僕が「ハナ」と名付けた薄紅の機械兵士。機械兵士に性別なんてあるか疑問だけれども、女性のような喋り方をするこいつは僕に花を見たことがあるかと尋ねた。ない、と僕は答えた。
 そうですか。残念そうに(というのは僕の解釈)ハナはつぶやいた。
 その話をモリにしてみたら、こんな話がかえってきた。ハナは四十年前の大戦のときに東南アジアの戦線で戦ったらしく、余暇にめずらしい植物のスナップをたくさん集めることにはまっていたらしい。とはいえ仲間の機械兵士たちにそんな趣味を理解してくれるモノもなく、ニンゲンになら伝わると思ったのではないか、と。残念ながら僕はそれを共有することはできなかったわけだけれど。
 でも花の写真を見せてくれるなら喜んで見たいけどな、と僕は行った。モリは苦笑しながら(あくまで、僕がそのように感じたということ)反論した。あくまでその機械兵士のメモリに保存されているだけで、厳密には画像というわけでもなく、写真のような出力は不可能ですよ。

 さらに三週間経った。
 日付はたぶん四月十一日。正しければ、僕の誕生日ということになる。
 そう伝えると、ハナはおめでとうございますと定型文を返してくれた。そしてまたいそいそと本棚のホコリを拭き取り始めた。手持ち無沙汰になって、僕はハナに尋ねてみた。四十年前の戦争は、大変だった?
 私はたくさんの機会兵士と人間たちを殺しました。テキパキとした動作で掃除を続けながらハナは答えた(こういう無駄話にも付き合ってくれるようになっていた)。昇進してパーツがグレードアップして、指揮権も少しずつ拡大していくことにやりがいを見出していましたので、苦労はありましたが、いい思い出です。
 優秀な機械兵士なんだね、と僕は感心した。その機敏な動きを眺めながら、皮肉ではなく本心からつぶやいた。そしていまは、腕利きの掃除婦さんだ。
 ハナは何も答えなかった。
 四十年前。またも手持ち無沙汰になって僕はつぶやいた。なんとなく、君はもっと若い機械兵士かと思っていたよ。言葉が正しいかわからないけど、最新型、とでも言えばいいのかな。
 我々に年齢などありませんよ。拭き掃除を終えて、雑巾をゆすぎながらハナはいった。日々繰り返されるアップデート、老いるということもない、もちろん経験は積み重ねていきますが。ニンゲンとは違います。
 俺はまだ若いんだよ。僕は鏡に映る自分の姿を見つめながらちょっとだけ得意げにいった。今日、ようやくにして二十代に踏み出した。
 おめでとうございます。ハナはまた機械的に(本当に)繰り返した。少しだけ間を開けて、こう続けた。私が東南アジアで戦ったニンゲンたちも、そのほとんどが二十代でしたね。
 彼らはよく戦った? と僕は尋ねた。
 叫んでいました、とハナは答えた。いつになく感情を宿した声で(あくまで、僕にとって)つぶやいた。私はその叫び声をとても好もしく思っています。
 不思議な沈黙が満たされたあとで、掃除道具をしまいこんでハナは部屋を出た。ドアを閉める直前、ハナはそっと声をかけた。今日の夕食と一緒に、アルコールを加えるようにいっておきましょう。
 ありがとう、と僕は答えた。そしてもう一度だけ鏡を見て、東南アジアに咲く花のことを思った。

「散歩」 by はっとり @knnxtrnk (お題バトル0411参加作品)

【使用したお題】

ウイルス、雨、叫ぶ、20代、青空

 

 

その日はとても良いお天気で、息抜きにお散歩しようと言われてぷらぷら歩いていた。突然彼女が言い出した。
「ねぇ、似合わないことがしたい」
「急にどうしたのさ」
よーし、逃げる!と急に走り出した彼女の背中を慌てて追う。
「ちょっと!何から逃げるの?!」半ば叫びながら問いかける。
「えーっと…ウイルス!!」
確かに逃げ切りたい相手ではある…と思いながら、私も走る。
昔はランドセルを背負って歩いた通学路を、走る。
「それももう10年も前だね!」楽しそうに笑う彼女も私ももう息が上がり始めてる。
私も彼女もずっと帰宅部だったし、体育はいかにサボるかばかり考えていたし、好きなことは寝ることで、走り方は当然不格好で体力も全然ない。
すぐ、早歩きみたいな速度になってしまった。
「あはは!あんたが、走ってるの、全然、似合わない!」
「あんたもでしょ!走るの、おっそい!ていうか、走ってるとは、言えない!」
はあはあ言いながら小突き合ってたら、追い討ちみたいに雨が降ってきた。
こういう時にこそ走らなきゃじゃん!って屋根のところまでへろへろ走る。
「あーあ、さっきまで青空だったのにね」
似合わないことするからだよって2人で笑った。