ひとり旅。
三日間のひとり旅は、僕には長すぎたかもしれない。
自分の中と会話する機会が長すぎて、
そして――正直に言えば――とても淋しかった。
しかし、あるいは、この寂しさを味わうために、
僕は一人旅をするのかもしれない、とも思う。
ひとり旅はすべて、自己裁量だ。
何をしても怒られないし、逆にほめられることもない。
そして自分の判断のツケは、100%自分だけで払わなくてはならない。
今回の旅も、いくつかの小さな判断ミスがあって、
いつもなら、それもまた良し、なんて言って気取っているのが、
誰にも責められない一人旅にあって、
却って自分をすり減らしたりしている。
人恋しいと思う。切実に。
最近は手を差し伸べてくれる人に、寄りかかりすぎなのかもしれない。
誰かに「君はすばらしいよ」と言ってもらえないと、
自分が保てなくなってしまっているような。
そして誰かにそう言わせるような、
偽善に近い優しさが、見せかけの自律心や賢さが、
僕の中で幅を利かせつつある。
ひとり旅の中では、
僕はむき出しの、ただの一人の人間になる。
僕が今仕事をしていないことも、
それについて大抵の人間なら納得させられるだけの、
ご大層な理由をもっていることも、
誰も知らないし、関係がない。
この旅の中では僕個人のその場の判断だけが意味を持ち、
そして判断がもたらしたツケを(あるいは恩恵を)自分だけが払う。
強烈な原理原則の世界。
そうして僕は自分を見つめなおす。
何もしていないことに気づく。
薄っぺらな理論は、理由は、理屈は、役に立たない。
もうすぐ、動き出さなくてはならないだろう。
きっかけを、どのように作ろうか。
判断のツケは、自分が払う。
そういう原理原則。
自分の中と会話する機会が長すぎて、
そして――正直に言えば――とても淋しかった。
しかし、あるいは、この寂しさを味わうために、
僕は一人旅をするのかもしれない、とも思う。
ひとり旅はすべて、自己裁量だ。
何をしても怒られないし、逆にほめられることもない。
そして自分の判断のツケは、100%自分だけで払わなくてはならない。
今回の旅も、いくつかの小さな判断ミスがあって、
いつもなら、それもまた良し、なんて言って気取っているのが、
誰にも責められない一人旅にあって、
却って自分をすり減らしたりしている。
人恋しいと思う。切実に。
最近は手を差し伸べてくれる人に、寄りかかりすぎなのかもしれない。
誰かに「君はすばらしいよ」と言ってもらえないと、
自分が保てなくなってしまっているような。
そして誰かにそう言わせるような、
偽善に近い優しさが、見せかけの自律心や賢さが、
僕の中で幅を利かせつつある。
ひとり旅の中では、
僕はむき出しの、ただの一人の人間になる。
僕が今仕事をしていないことも、
それについて大抵の人間なら納得させられるだけの、
ご大層な理由をもっていることも、
誰も知らないし、関係がない。
この旅の中では僕個人のその場の判断だけが意味を持ち、
そして判断がもたらしたツケを(あるいは恩恵を)自分だけが払う。
強烈な原理原則の世界。
そうして僕は自分を見つめなおす。
何もしていないことに気づく。
薄っぺらな理論は、理由は、理屈は、役に立たない。
もうすぐ、動き出さなくてはならないだろう。
きっかけを、どのように作ろうか。
判断のツケは、自分が払う。
そういう原理原則。