僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

三十四にして立つ?

ここ10年くらい、いろんなことを考えて言語化するようにしてきたら、大抵の思いつくことは「前にも考えたことがある」ようになった。結局のところ興味があることはそんなに変わらなくて、ぐるぐると何度も同じことを考えているんだな。
とりあえず出す結論も、大きくは変わらないのだけど、ほんのわずかずつでも、変わってきているようにも思う。
その少しずつの歩みが、思考するということの意味だ。
偉そうなことは言えないのだけど、こういうのが「哲学」なのかな。
ひとりひとりの、哲学。


仕事について、愛について、人間関係について、自分の操縦方法について。
考えるべき大事なことって、そんなにたくさんはない。
毎日飽きずに考えていると、そりゃあ、同じことを何度も考えることになる。
だから「これについてあなたの考えは?」と聞かれたときに、わりとすぐに答えられるようにもなった。

自分がかつて書いたブログの記事をひとつひとつ読み返すと、自分の考えのとりあえずの結論みたいなことがよくわかるし、思いついたことをブログに書き留めておくの大事だな、って思う。
この記事もそのひとつだね。

論語」に、「吾、十五にして学を志す。三十にして立つ。四十にして惑わず。」というのがあるけど、すごくリアルな時間感覚だなぁと思う。
自分で思考しよう、と決意して15年ほどで「立つ」、つまり、自分なりの考えを確立する。
僕は「学を志す」のが遅かったので、34の今ようやく「立った」かな。
「惑わず」まではあと10年。
まだ惑ってばかりだけど、10年後にはどうなるかな。
きっとまだ、惑ってはいるだろうけど、そんな自分を肯定できてるといいな。