「花と森の店」by あすみ @aquoibon84 (お題バトル0411参加作品)
【使用したお題】
森 ウイルス 花 雨 叫ぶ 笑い 20代 青空
『20代でお店をオープンさせた人の本』っていう5年前に出版された本がある。その本に取り上げられた私のところにはときどき、見知らぬお客さんが訪れる。
ここは東北地方の山の中。別荘がはやったバブルの時代の終わり頃に別荘地として開拓され始めたけどバブルもはじけて、ほんの数件別荘が建っている場所だ。
知り合いからもう使わなくなったその1つを紹介されて、1人で住んでいる。
お店はネットショップしかもっていない。接客するのが苦手なのだ。
それなのにときどき直接訪ねてくる人がいる。
「こんにちは。ここが『花と森の店』ですか?」
「はい、そうですが……。どうなさいましたか。」
「いや、本に載っていたのを見て一度来てみたくて。」
「そうでしたか。お店はネットショップだけなんですけど……。まあ、座ってください。お茶でも入れましょう」
接客が苦手だとは言え、つい親切にもてなしてしまう。だからこその苦手なんだけど。
奥のスペースで、お湯を沸かしてお茶にする。
何を淹れよう、あの本を見て来てくれたんだから、本に載せてたミントのお茶にしようか。お茶請けはバニラアイスにボリジの花を添えよう。
部屋に戻ると、その人は店内に吊してあるドライフラワーを熱心に見ている。
私が手にしたお茶とアイスに目を輝かせる。
3日後、その人と2人で森に出かけた。リースの土台にするための蔓を探しながら歩く。
「森の植物や育てた花を摘んで、おいしいものや綺麗なものを作るくらしは憧れなんです」とテンションが高い。この人いつまでいるんだろうとぐるぐる考えながら歩いていると、突然雨が降ってきた。山の天気は変わりやすい。山用の雨を防ぐ上着を着ているので平気と言えば平気だけど、大きな木の下で雨宿りをすることにした。
私は何を話していいか分からないので、持ってきたキャンディを渡す。これも作ったやつだ。
「木の下で雨宿り。いやー、いいですね。自然と調和した暮らしって感じです。自分、稼げるからって夜勤の仕事をしてたんですけど、何か最近しんどくなってきて。実は急に仕事辞めてちゃいました。」
話しているうちに雨が止んだ。なんだか疲れたので、引き返すことにする。
森から出ると、うってかわって青空になっていた。
「わー、めっちゃ綺麗!!」と言いながら写真を撮っている。
確かにな。私もいつもそう思う。
夕飯は、畑で採れたトマトとバジルでパスタを作った。
毎日のハイテンションで疲れてきた私は勇気を出して聞いてみた。
「いつまでここにいるの?」
私は知らなかった。町では新型のウイルスが流行っているらしい。
日本では最初に東京で感染者が見つかって、どんどん広がって、収まる見込みが立っていないらしい。
「仕事を辞めたついでに、ウイルスからも逃げたいなと思って。逃げてきました。っていうか、知らなかったんですか?毎日のようにニュースで流れてますよ」
「テレビないから……」
「いや、テレビがなくても。ネットでもSNSでもみんな騒いでますよ」
ニュースは見ない。テレビでも新聞でもネットでも。
あのテロが起きたとき、あの殺人事件が起きたとき。
周りの人たちは、「信じられない!映画みたいだ」とか、「ひどいやつがいるもんだ。あんなやつ死んだほうがいい」とか、思い思いの感想を口にしてた。でも、私はそんなこと言える気がしなくて、被害に遭った人や、加害した人の叫びがどこからか聞こえてくるような気がした。日々ニュースにさらされるのは耐えられないと思った。だからなるべく社会から距離を取る生き方を選んだ。ネットでものは売るけど、ほとんど見ることはない。世間で起こっていることを本当に知らなくなったなと思う。
でもこれでもう何年も生きてるんだな。すごいことだなと思ったら、ちょっとうれしくて笑いがこぼれた。
私が急に笑ったから、びっくりした顔とともにお茶がひっくり返された。