僕の書きたいもの。
僕はよく、「児童文学」や「童話」を書く。
最近は特にその傾向が強くなっている気がする。
おかしな話かもしれないが、「児童文学」や「童話」を書いてはいるけれど、
「子供向け」の作品を書いたつもりは一度もない。
僕の小説の第一の読者はやっぱりいつも僕自身だから、
少なくとも僕と同年代の読者に向けて書いているつもりだ。
もちろん、子供も楽しめる作品であることはすごくすごくうれしいことだし、
読んでもらいたいなぁ、とは思うけれど。
ではなぜ、僕はあえて児童文学を書くのか。
というか、そもそも日本において児童文学って何だろう。
「子供向け」というより、子供にもわかる、読者に知識を要求しないということ、
それから、「子供向け」であることを楯に、夢を語ることを許されていること、
それが児童文学の魅力であり意義でもある、と僕は思う。
一般向けと題された、「大人を満足させるための」本では、
胸を張って途方もない夢を語ることはなかなか難しいのかもしれない。
でも現実がどうだって、物語の中では、夢を語ってもきれいごとを言ってもいいんじゃないだろうか。
物語を読むときくらい、誰もが子供のころの輝きを取り戻してわくわくしながら読んでもいいんじゃないか。
そりゃ、社会を渡っていくためにはいろいろな知識や、知恵や、要領なんかが必要になるだろうし、
そういったものが汚れているとか、そんな風に思ってはいない。
それらも全部かけがえのないものだけど、でも。
そういうのを全部忘れて、ひと時だけでも何も知らなかったあのころのままの心にふっと戻れたのなら。
おそらく僕は、そんな気持ちで「児童文学」を書いているのだろう。
そしてこれからも、書き続けるだろうな。
新しいジャンルにも、挑戦したいんだけどね~(笑)。
最近は特にその傾向が強くなっている気がする。
おかしな話かもしれないが、「児童文学」や「童話」を書いてはいるけれど、
「子供向け」の作品を書いたつもりは一度もない。
僕の小説の第一の読者はやっぱりいつも僕自身だから、
少なくとも僕と同年代の読者に向けて書いているつもりだ。
もちろん、子供も楽しめる作品であることはすごくすごくうれしいことだし、
読んでもらいたいなぁ、とは思うけれど。
ではなぜ、僕はあえて児童文学を書くのか。
というか、そもそも日本において児童文学って何だろう。
「子供向け」というより、子供にもわかる、読者に知識を要求しないということ、
それから、「子供向け」であることを楯に、夢を語ることを許されていること、
それが児童文学の魅力であり意義でもある、と僕は思う。
一般向けと題された、「大人を満足させるための」本では、
胸を張って途方もない夢を語ることはなかなか難しいのかもしれない。
でも現実がどうだって、物語の中では、夢を語ってもきれいごとを言ってもいいんじゃないだろうか。
物語を読むときくらい、誰もが子供のころの輝きを取り戻してわくわくしながら読んでもいいんじゃないか。
そりゃ、社会を渡っていくためにはいろいろな知識や、知恵や、要領なんかが必要になるだろうし、
そういったものが汚れているとか、そんな風に思ってはいない。
それらも全部かけがえのないものだけど、でも。
そういうのを全部忘れて、ひと時だけでも何も知らなかったあのころのままの心にふっと戻れたのなら。
おそらく僕は、そんな気持ちで「児童文学」を書いているのだろう。
そしてこれからも、書き続けるだろうな。
新しいジャンルにも、挑戦したいんだけどね~(笑)。