お題競作小説『熱』
お題:遊び、酒、塗る、雪、夜、熱い
――寒い、寒い、寒すぎる。
そんなことを考えてもしょうがないと思うのに、ふと気づけば頭の中ではそればかりをつぶやいていて、オレは乱暴に頭を振ってその言葉を脳内から追い払おうとする。ほら、よく言うじゃないか。寒いというから寒い、寒いときにも熱い、熱い、と思っていれば……。
ビュオオオオッ。
魔女の泣き声のような不吉な音を立てて、真正面から凍った風が吹きつけて、オレの赤いスキーウェアを白く染め上げる。
――ダメだ! 寒いもんは寒い!
オレは心の中で吠える。もちろん、心の中でだけだ。実際にそんなことを吠えるような元気は、オレの体には残っちゃいない。
オレは、こごえながら丸くなっていた。雪が吹きすさぶ山の中で。
大学の春休み、テニスサークルのメンバーで遊びに来た雪山。運動音痴のオレには天敵とも言える「スキーやスノボで交流を深めましょう」とかいう合宿に、何かの間違いで参加してしまったのがそもそもの間違いだったんだ。
サークルの仲間たちに見栄を張って、スキーをやったことがあると嘘をついて経験者用のコースを滑りはじめたオレは、思ったよりもスピードを出せることに喜んで、調子に乗ってサークル内で一番モテる奴と競争さえした。そうして、前傾姿勢でスピードを上げ、奴を抜き去った瞬間にふと気づいたのだ。――止まり方がわからない、ということに。
スピードに乗ったオレは、コースの端を示すロープを飛び越え、速度を落とすことなく木々深い森の中に一直線に突っ込んでいった。木に衝突してはたまらない、と、無我夢中で避け続けていると、いつの間にかどんどんと森の奥に入っていってしまった。ようやく速度が落ち、尻餅をついて止まったところは、高い木についたたくさんの葉が太陽を遮り、昼でも薄暗いほどの森の中だった。
森の中とはいえ、スキーで滑ってきたのだから、その跡を辿って引き返せばいい、そう思うだろう。ところが、なんとも間の悪いことに、それまで晴れていた空が急に曇り始め、ものすごい勢いで雪が降りだしたのだ。雪はあっという間にオレの視界を覆い尽くし、辺りを白く塗りつぶしていく。あまりの雪の激しさに、前を見ることもままならず、オレは道を引き返すどころではなくなっていた。仕方なく体を丸めて目を閉じ、雪をやり過ごすことに決める。雪は、なかなか止まなかった。
晴れた空の下でスキーをしているときには、暑すぎるように感じていたスキーウェアは、雪に降り込められてじっとしているときにはひどく頼りないものだった。服の隙間から忍びこむように、冷たい空気がじっとりと体にまとわりついてくる。体中の皮膚は縮み上がり、頭がぼんやりしてくる。
――凍死。
そんな言葉が頭をよぎり、オレは目を開いてブルブルと首を振った。冗談じゃない。こんなところで、こんな惨めに死んで溜まるものか。たしかにオレの人生、たいしていいこともなかった。運動神経はてんでダメ、かといって勉強ができるというほどでもなく、顔も平均以下だ。だから、大学生になっても一向にモテる気配もなく、悲しくも生まれた時から続く彼女いない歴を今も更新し続けている。でもだからといって、まだまだ人生先は長いはずだ。どっかのタイミングでは、何か間違って、片思いのあの子と付き合えるかもしれないし、その先にはバラ色の人生が待ってるかもしれないじゃないか。
――ってオレ、こんなときに考えるの、そんなことばっかりかよ。
ふと気がついて虚しくなる。
実はオレだってわかってる。そんな都合のいい未来が、オレのこの先に待ってなんかいないことを。サークルの女子たちだって、実はそれぞれに目当ての男がいるってこと、オレだってちゃんとわかってるんだ。今回の合宿だって、本当はオレがいてもいなくても変わらないんだ。もしかしたら今頃、俺のことを探すのなんてとっくの昔にあきらめて、宿に戻って酒を飲んで騒いでいるのかもしれない。あいつは、あの子のことを狙ってたから、きっと誘い出しているに違いない。あいつはモテるやつだから、きっとあの子だって……。それなのにオレときたらこんなところで凍えてるんだもんなぁ。
いろいろとバカバカしくなってきた。もういいや。そんなに無理しなくても。疲れたよ。ゆっくり眠ってしまおう。オレは改めて目を閉じる。寒さに耐えて疲れきった体が心地よい眠りを誘う。考えて見れば幸せじゃないか。こんなに気持ちよく眠れって死ねるなんて。そういえば、オレの唯一の趣味といえば、眠ることだったもんな。このまま、心地よさに、身を任せて……。
「ダメですよ、まだ早いです」
ん? 耳元でなにか聞こえる、いやきっと幻聴だ。こんなところで、女の子の声なんて聴こえるはずがないじゃないか。オレときたら、女の子のことばかり考えているから、最期の最期でそんな幻聴が……。
「起きてください。このままじゃ死んじゃいます」
……もしかして、幻聴じゃない?
オレは、重いまぶたをどうにかしてこじ開ける。このときに聞こえた声がおっさんだったら、きっとオレはそのまま目を開けなかっただろうな、と思うから、オレのこんな性格も、たまには役に立つもんだ。とにかく、目を開けたら、そこに美少女がいた。こんなに寒いのに、体全体を覆う薄い布を身にまとっただけの、光り輝く少女。
「良かった、まだ間に合ったんですね」
美少女――いや、たぶん天使だ――は、うれしそうに微笑んだ。オレもつられて微笑む。
「まだ歩けそうですね。あなたが変える道はあっちです。さぁ、早く歩いて」
天使はそう言って、真っ白な指で道を指し示す。月明かりに照らされて、一本の道が遠くまで輝いてみえた。
「でも、オレ――」
「まだ、あなたには未練があるでしょう? あなたの未来にはバラ色の人生が待っているかもしれない。でもそれは、あなたの行動次第なんですよ」
天使は、すべてを見透かしたようにそう言って微笑む。オレは、うなずくしかなかった。胸の奥が熱くなって、それがじんわりと体全体に広がっていった。もはや、震えているヒマなんてなさそうだ。
オレは闇の中で銀色に光る道を、慎重にたどっていった。この先に待っている未来は、まだまだ闇の中だけど、拾った命だと思えば、なんとかやっていけそうな気がした。きっと今日のことは、誰にも信じてもらえないだろうから、心に留めておこう。それでも、胸の奥の熱さは、きっといつまでも忘れないだろう。そんな気がした。
――寒い、寒い、寒すぎる。
そんなことを考えてもしょうがないと思うのに、ふと気づけば頭の中ではそればかりをつぶやいていて、オレは乱暴に頭を振ってその言葉を脳内から追い払おうとする。ほら、よく言うじゃないか。寒いというから寒い、寒いときにも熱い、熱い、と思っていれば……。
ビュオオオオッ。
魔女の泣き声のような不吉な音を立てて、真正面から凍った風が吹きつけて、オレの赤いスキーウェアを白く染め上げる。
――ダメだ! 寒いもんは寒い!
オレは心の中で吠える。もちろん、心の中でだけだ。実際にそんなことを吠えるような元気は、オレの体には残っちゃいない。
オレは、こごえながら丸くなっていた。雪が吹きすさぶ山の中で。
大学の春休み、テニスサークルのメンバーで遊びに来た雪山。運動音痴のオレには天敵とも言える「スキーやスノボで交流を深めましょう」とかいう合宿に、何かの間違いで参加してしまったのがそもそもの間違いだったんだ。
サークルの仲間たちに見栄を張って、スキーをやったことがあると嘘をついて経験者用のコースを滑りはじめたオレは、思ったよりもスピードを出せることに喜んで、調子に乗ってサークル内で一番モテる奴と競争さえした。そうして、前傾姿勢でスピードを上げ、奴を抜き去った瞬間にふと気づいたのだ。――止まり方がわからない、ということに。
スピードに乗ったオレは、コースの端を示すロープを飛び越え、速度を落とすことなく木々深い森の中に一直線に突っ込んでいった。木に衝突してはたまらない、と、無我夢中で避け続けていると、いつの間にかどんどんと森の奥に入っていってしまった。ようやく速度が落ち、尻餅をついて止まったところは、高い木についたたくさんの葉が太陽を遮り、昼でも薄暗いほどの森の中だった。
森の中とはいえ、スキーで滑ってきたのだから、その跡を辿って引き返せばいい、そう思うだろう。ところが、なんとも間の悪いことに、それまで晴れていた空が急に曇り始め、ものすごい勢いで雪が降りだしたのだ。雪はあっという間にオレの視界を覆い尽くし、辺りを白く塗りつぶしていく。あまりの雪の激しさに、前を見ることもままならず、オレは道を引き返すどころではなくなっていた。仕方なく体を丸めて目を閉じ、雪をやり過ごすことに決める。雪は、なかなか止まなかった。
晴れた空の下でスキーをしているときには、暑すぎるように感じていたスキーウェアは、雪に降り込められてじっとしているときにはひどく頼りないものだった。服の隙間から忍びこむように、冷たい空気がじっとりと体にまとわりついてくる。体中の皮膚は縮み上がり、頭がぼんやりしてくる。
――凍死。
そんな言葉が頭をよぎり、オレは目を開いてブルブルと首を振った。冗談じゃない。こんなところで、こんな惨めに死んで溜まるものか。たしかにオレの人生、たいしていいこともなかった。運動神経はてんでダメ、かといって勉強ができるというほどでもなく、顔も平均以下だ。だから、大学生になっても一向にモテる気配もなく、悲しくも生まれた時から続く彼女いない歴を今も更新し続けている。でもだからといって、まだまだ人生先は長いはずだ。どっかのタイミングでは、何か間違って、片思いのあの子と付き合えるかもしれないし、その先にはバラ色の人生が待ってるかもしれないじゃないか。
――ってオレ、こんなときに考えるの、そんなことばっかりかよ。
ふと気がついて虚しくなる。
実はオレだってわかってる。そんな都合のいい未来が、オレのこの先に待ってなんかいないことを。サークルの女子たちだって、実はそれぞれに目当ての男がいるってこと、オレだってちゃんとわかってるんだ。今回の合宿だって、本当はオレがいてもいなくても変わらないんだ。もしかしたら今頃、俺のことを探すのなんてとっくの昔にあきらめて、宿に戻って酒を飲んで騒いでいるのかもしれない。あいつは、あの子のことを狙ってたから、きっと誘い出しているに違いない。あいつはモテるやつだから、きっとあの子だって……。それなのにオレときたらこんなところで凍えてるんだもんなぁ。
いろいろとバカバカしくなってきた。もういいや。そんなに無理しなくても。疲れたよ。ゆっくり眠ってしまおう。オレは改めて目を閉じる。寒さに耐えて疲れきった体が心地よい眠りを誘う。考えて見れば幸せじゃないか。こんなに気持ちよく眠れって死ねるなんて。そういえば、オレの唯一の趣味といえば、眠ることだったもんな。このまま、心地よさに、身を任せて……。
「ダメですよ、まだ早いです」
ん? 耳元でなにか聞こえる、いやきっと幻聴だ。こんなところで、女の子の声なんて聴こえるはずがないじゃないか。オレときたら、女の子のことばかり考えているから、最期の最期でそんな幻聴が……。
「起きてください。このままじゃ死んじゃいます」
……もしかして、幻聴じゃない?
オレは、重いまぶたをどうにかしてこじ開ける。このときに聞こえた声がおっさんだったら、きっとオレはそのまま目を開けなかっただろうな、と思うから、オレのこんな性格も、たまには役に立つもんだ。とにかく、目を開けたら、そこに美少女がいた。こんなに寒いのに、体全体を覆う薄い布を身にまとっただけの、光り輝く少女。
「良かった、まだ間に合ったんですね」
美少女――いや、たぶん天使だ――は、うれしそうに微笑んだ。オレもつられて微笑む。
「まだ歩けそうですね。あなたが変える道はあっちです。さぁ、早く歩いて」
天使はそう言って、真っ白な指で道を指し示す。月明かりに照らされて、一本の道が遠くまで輝いてみえた。
「でも、オレ――」
「まだ、あなたには未練があるでしょう? あなたの未来にはバラ色の人生が待っているかもしれない。でもそれは、あなたの行動次第なんですよ」
天使は、すべてを見透かしたようにそう言って微笑む。オレは、うなずくしかなかった。胸の奥が熱くなって、それがじんわりと体全体に広がっていった。もはや、震えているヒマなんてなさそうだ。
オレは闇の中で銀色に光る道を、慎重にたどっていった。この先に待っている未来は、まだまだ闇の中だけど、拾った命だと思えば、なんとかやっていけそうな気がした。きっと今日のことは、誰にも信じてもらえないだろうから、心に留めておこう。それでも、胸の奥の熱さは、きっといつまでも忘れないだろう。そんな気がした。