『秋の夕暮れ』
お題:秋の夕暮れ
「寂しさは その色としもなかりけり
槙《まき》立つ山の 秋の夕暮れ」(寂蓮法師)
「心なき 身にもあはれは知られけり
鴫《しぎ》立つ沢の 秋の夕暮れ」(西行法師)
「見渡せば 花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の 秋の夕暮れ」(藤原定家)
* * * * *
「えーっと、全部『秋の夕暮れ』で終わってるから、三つ合わせて『三夕《さんせき》』と呼ぶ、っと」
そう呟いて、あたしはノートに『三夕』、と書きこんだ。
「いちばん最初のが、『寂しいのは、その色のせいばかりではないのだなぁ。紅葉しない針葉樹の山でも、秋の夕暮れは寂しいものなのだから』でしょ。二つ目は『世俗の心を捨てたこの身でも、しんみりとすることはあるものだ。特に秋の夕暮れのシギが飛び立つ沢なんかは』って感じかな。最後のやつが『周りには花も紅葉も見えないような寂しい浜の小屋でも、秋の夕暮れは心動かされるものだ』でいいかな」
人もまばらな放課後の図書室で古文の教科書とにらめっこしながら、あたしはひとり呟く。
明日の中間テストに備えて、あたしはひとり机に向かってテスト勉強中。一人で勉強してるのに思わず声を出してしまうのは……自分の声を耳で確認した方が覚えやすいから、ってことにしとく。決して、誰もいない部屋でただいま、とか言っちゃう独り言の兆候なんかではない、はず。
「昔の人でもやっぱり、秋の夕暮れって寂しかったり、しんみりしたりするもんなんだ」
思わずまた呟きながら、あたしは思いを馳せる。
もともと古文は嫌いじゃない。大昔の人が、こんな風に思ってたんだぁ、って想像するのは、なかなか愉快な気持ちだ。何百年も前の人なのに、結構あたしたちと変わんないことを思ってたりして、不思議な気分になる。
ただ、余計な空想に気を取られ過ぎて、勉強が全然はかどらないのが玉に瑕だ。受験を間近に控えた中学三年のあたしたちは、昔の人が何を考えて歌を書いたか、なんてことよりもその現代語訳を暗記することに一生懸命にならなくちゃいけない。それはわかってはいるんだけど。
「秋の夕暮れ、かぁ……」
あたしはため息をつくように呟いて、指でもてあそんでいた赤いシャーペンをノートの上に投げた。白い紙の上に着地したシャーペンは小さく跳ねてそのままころころと転がっていく。
「あっとと」
勢いあまって机の上から転げ落ちたシャーペンを拾うために、あたしは椅子から立ち上がった。スカートのお尻を払いながら、身をかがめてシャーペンを拾い上げる。無事シャーペンを掴んで立ち上がろうとして顔を上げたあたしの目に、不意に橙色の光が飛び込んできて、あたしは思わず目を細めた。
ふと気がつけば、太陽はだいぶ傾いていて、学校のちょうど西側に当たる図書室の窓から、西日が差しこんでいた。あたしの目に飛び込んできた橙色の光は、夕焼けの太陽だったらしい。
「秋の夕暮れ……」
あたしは窓の外の景色に目を奪われて、もう一度呟く。
夕焼けで一面の橙色に染め上げられた校庭。色づき始めた銀杏や紅葉の赤や黄色と夕陽の橙が混じり合って、見慣れた校庭は暖かな秋の色彩に包まれていた。
あたしは教科書とノートを放り出したまま、誘われるように校庭へと飛び出した。テスト期間中で誰もいない校庭の真ん中に立って、校舎を背中にして、あたしは校庭を囲むように植えられた木々の色を見つめる。
あたしを世界の中心にして、いくつもの色が、涼しくて優しい風に揺られて踊っていた。
さーっと風の流れる音。
鼻先をくすぐる少し冷たくて清浄な空気。
まだ力強い緑は残しながら、けれど暖かな色に頬を染める木の葉。
そしてすべてを包み込む、炎のような夕陽。
世界は今、秋の中にあった。
「テスト前 夕陽に染まる校庭に
木立は揺れる 秋の夕暮れ」
……なんちゃって。
不意に思いついたそれに思わず苦笑しながら、あたしは大昔の人が歌を作った時の気持ちが、少しだけわかったような気がした。
「寂しさは その色としもなかりけり
槙《まき》立つ山の 秋の夕暮れ」(寂蓮法師)
「心なき 身にもあはれは知られけり
鴫《しぎ》立つ沢の 秋の夕暮れ」(西行法師)
「見渡せば 花も紅葉もなかりけり
浦の苫屋の 秋の夕暮れ」(藤原定家)
* * * * *
「えーっと、全部『秋の夕暮れ』で終わってるから、三つ合わせて『三夕《さんせき》』と呼ぶ、っと」
そう呟いて、あたしはノートに『三夕』、と書きこんだ。
「いちばん最初のが、『寂しいのは、その色のせいばかりではないのだなぁ。紅葉しない針葉樹の山でも、秋の夕暮れは寂しいものなのだから』でしょ。二つ目は『世俗の心を捨てたこの身でも、しんみりとすることはあるものだ。特に秋の夕暮れのシギが飛び立つ沢なんかは』って感じかな。最後のやつが『周りには花も紅葉も見えないような寂しい浜の小屋でも、秋の夕暮れは心動かされるものだ』でいいかな」
人もまばらな放課後の図書室で古文の教科書とにらめっこしながら、あたしはひとり呟く。
明日の中間テストに備えて、あたしはひとり机に向かってテスト勉強中。一人で勉強してるのに思わず声を出してしまうのは……自分の声を耳で確認した方が覚えやすいから、ってことにしとく。決して、誰もいない部屋でただいま、とか言っちゃう独り言の兆候なんかではない、はず。
「昔の人でもやっぱり、秋の夕暮れって寂しかったり、しんみりしたりするもんなんだ」
思わずまた呟きながら、あたしは思いを馳せる。
もともと古文は嫌いじゃない。大昔の人が、こんな風に思ってたんだぁ、って想像するのは、なかなか愉快な気持ちだ。何百年も前の人なのに、結構あたしたちと変わんないことを思ってたりして、不思議な気分になる。
ただ、余計な空想に気を取られ過ぎて、勉強が全然はかどらないのが玉に瑕だ。受験を間近に控えた中学三年のあたしたちは、昔の人が何を考えて歌を書いたか、なんてことよりもその現代語訳を暗記することに一生懸命にならなくちゃいけない。それはわかってはいるんだけど。
「秋の夕暮れ、かぁ……」
あたしはため息をつくように呟いて、指でもてあそんでいた赤いシャーペンをノートの上に投げた。白い紙の上に着地したシャーペンは小さく跳ねてそのままころころと転がっていく。
「あっとと」
勢いあまって机の上から転げ落ちたシャーペンを拾うために、あたしは椅子から立ち上がった。スカートのお尻を払いながら、身をかがめてシャーペンを拾い上げる。無事シャーペンを掴んで立ち上がろうとして顔を上げたあたしの目に、不意に橙色の光が飛び込んできて、あたしは思わず目を細めた。
ふと気がつけば、太陽はだいぶ傾いていて、学校のちょうど西側に当たる図書室の窓から、西日が差しこんでいた。あたしの目に飛び込んできた橙色の光は、夕焼けの太陽だったらしい。
「秋の夕暮れ……」
あたしは窓の外の景色に目を奪われて、もう一度呟く。
夕焼けで一面の橙色に染め上げられた校庭。色づき始めた銀杏や紅葉の赤や黄色と夕陽の橙が混じり合って、見慣れた校庭は暖かな秋の色彩に包まれていた。
あたしは教科書とノートを放り出したまま、誘われるように校庭へと飛び出した。テスト期間中で誰もいない校庭の真ん中に立って、校舎を背中にして、あたしは校庭を囲むように植えられた木々の色を見つめる。
あたしを世界の中心にして、いくつもの色が、涼しくて優しい風に揺られて踊っていた。
さーっと風の流れる音。
鼻先をくすぐる少し冷たくて清浄な空気。
まだ力強い緑は残しながら、けれど暖かな色に頬を染める木の葉。
そしてすべてを包み込む、炎のような夕陽。
世界は今、秋の中にあった。
「テスト前 夕陽に染まる校庭に
木立は揺れる 秋の夕暮れ」
……なんちゃって。
不意に思いついたそれに思わず苦笑しながら、あたしは大昔の人が歌を作った時の気持ちが、少しだけわかったような気がした。