僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

NANAIROライヴレポ

すごく久しぶりに、代々木laboにNANAIROのライヴを見に行ってきた。
最近は心身ともにバタバタしていたので、ライヴ自体が今年に入って初、かな。
数年前はあんなにしょっちゅう通っていたのに、
ライヴハウスの雰囲気が久しぶりすぎて何だか、居心地が悪く感じてしまうほどだった。
久しぶりなのは僕だけじゃない。
NANAIROも最近はライヴが少なくなっていて、laboに出るのは今年初だと言っていた。
とにかく数をこなしていた時期とは違う、慎重とも言える時期。

僕は四月から新しい生活が始まった。
NANAIROも今までとは少し違う。
正社員として働きながら音楽を続けてきたギターボーカルで、
ほとんどの曲を作っているソングライターでもあるよーこが、
この春から音楽活動に専念することになったのだ。

ライヴでも、よーこの力の入り方が、いつもとは違っていた。
元々少し保守的なところがあった彼女が、
小さくまとまろうとする理性を押さえ込んで、身体の奥の衝動を解放しようとしていた。
それは、少しばかり空回りで、
NANAIROの完成されたバランスを崩してしまってもいたのだけど。
だけど、それは確かに、新しいNANAIRO誕生への胎動だった。
まだまだこれからの彼女たちに、「完成されたバランス」なんて必要ない。
彼女たちの三つの楽器と三つの声による音は、
確かに美しい球体を創り出しているのだけど、それは小さくまとまりすぎている。
たどりつくべき場所はもっと高くて大きな世界だ。
そこへ行くための過程として、一度内側から殻を破って、
歪な内面をむき出しにする必要がある。
それはひどくエネルギーを使うし、そしてとても恐ろしいことではあるけれど。
NANAIROなら出来る、と思う。
それだけの積み重ねも、センスも、想いもある。

そして、彼女たちは三人。
すっかり大人っぽくなって、奏でる音も存在も
確かな安定感を持つようになったベースボーカルのなみこ、
NANAIROという扇の要の位置を常に保ち続けながら、
さらに自分の表現も研ぎ澄ましているドラムスのあみが、
それぞれの方向に尖って、絶妙なオブジェを作り出す。
完璧で滑らかな球体なんかじゃない、
奇怪で、不確かな、けれど美しいオブジェだ。

ちょうど4年前、僕が社会に放り出されて、
右も左も分からなくて泣きそうになっていた時に出会った彼女たちの音楽は、
もがくことの美しさと、積み重ねることの楽しさを、僕に教えてくれた。
それから少しずつ時は積み重ねられて、僕も、NANAIROも、
ひとつひとつの問題に真正面からぶつかってもがきながら、
目に見えない色々なものを手に入れてきた。
僕らはどこまでも広がっていく世界の入口に、ようやく立ったところだ。
まだまだ限界なんて見えないよ。
もがいて、積み重ねていこう。お互いに。