呪いよりも、祝福を。
あけまして、おめでとうございます。
前回、苦しみを吐き出すような日記を書いてから、
久しぶりに二日間ゆっくりと休みました。
自分の頭の中を整理したくて、なんだかいろんな視点がほしくなって、
突然、貪るようにたくさん本を読んだりしました。マンガも多かったけど。
とにかく、何でもいいから、僕の中に外部の思考を入れて、
頭の中をいったん、客観化したかったのかも。
それがよかったのか、それとも単純に、仕事から離れたのが良かったのか、
かなり気持ちとして落ち着きました。
なんだか、晴れ晴れとした気分になった。
そうしているうちに年明けです。
いったんいろいろな気分をリセットして、新たな決意をするのにはぴったりなとき。
年越しにかけて、夢中で読んでいたのは内田樹氏の『呪いの時代』という本で、
これがまた、あんまりに今の僕にぴったりな本で、
今日、本屋でこれをみかけて買ってきたのは、
なにかに「導かれた」からかもしれない、なんて思ってしまうほど。
去年の後半、僕のつぶやきは、「呪い」の言葉ばかりになっていた。
悪いところを指摘し、批判し、自らが被害者であることを主張し、嘆く。
他者を呪い、システムを呪い、自らを呪う。
でも内田氏の言う通り、呪いは破壊だけを目指し、創造することはないんだ。
呪いによって、よきものが生み出されることは決してない。
そしてなにより呪いは、他の誰でもなく、僕自身を蝕んでいく。
内田氏はあとがきで言う。
「世の中はバカばかりで、システムは全部ダメだという宣告はあるいはかなりの部分まで真実を衝いているのかも知れない。私が問いたいのは、その指摘が正しいのだとすれば、そのような世の中を少しでも住みやすいものにするために、あなたは何をする気なのかということである。」
そのとおり。
「世の中」なんて大きな単位では考えられなかったとしても。
僕に出来ることはほんの小さな、「手の届く範囲」のことだけだったとしても。
それこそが僕にとっては大切な場所で、僕はそこを、少しでも住みやすいものにしたいのだから。
はからずも、今年の目標ができた。
「呪いよりも、祝福を」。
ほんとうにみなさま、あけましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしく、お願いします。
前回、苦しみを吐き出すような日記を書いてから、
久しぶりに二日間ゆっくりと休みました。
自分の頭の中を整理したくて、なんだかいろんな視点がほしくなって、
突然、貪るようにたくさん本を読んだりしました。マンガも多かったけど。
とにかく、何でもいいから、僕の中に外部の思考を入れて、
頭の中をいったん、客観化したかったのかも。
それがよかったのか、それとも単純に、仕事から離れたのが良かったのか、
かなり気持ちとして落ち着きました。
なんだか、晴れ晴れとした気分になった。
そうしているうちに年明けです。
いったんいろいろな気分をリセットして、新たな決意をするのにはぴったりなとき。
年越しにかけて、夢中で読んでいたのは内田樹氏の『呪いの時代』という本で、
これがまた、あんまりに今の僕にぴったりな本で、
今日、本屋でこれをみかけて買ってきたのは、
なにかに「導かれた」からかもしれない、なんて思ってしまうほど。
去年の後半、僕のつぶやきは、「呪い」の言葉ばかりになっていた。
悪いところを指摘し、批判し、自らが被害者であることを主張し、嘆く。
他者を呪い、システムを呪い、自らを呪う。
でも内田氏の言う通り、呪いは破壊だけを目指し、創造することはないんだ。
呪いによって、よきものが生み出されることは決してない。
そしてなにより呪いは、他の誰でもなく、僕自身を蝕んでいく。
内田氏はあとがきで言う。
「世の中はバカばかりで、システムは全部ダメだという宣告はあるいはかなりの部分まで真実を衝いているのかも知れない。私が問いたいのは、その指摘が正しいのだとすれば、そのような世の中を少しでも住みやすいものにするために、あなたは何をする気なのかということである。」
そのとおり。
「世の中」なんて大きな単位では考えられなかったとしても。
僕に出来ることはほんの小さな、「手の届く範囲」のことだけだったとしても。
それこそが僕にとっては大切な場所で、僕はそこを、少しでも住みやすいものにしたいのだから。
はからずも、今年の目標ができた。
「呪いよりも、祝福を」。
ほんとうにみなさま、あけましておめでとうございます。
今年もどうか、よろしく、お願いします。