僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

世界に穴が空いた時

お題:「幹線道路」

 一面の畑以外何もなかったこの村に、王都と港町を結ぶ巨大な幹線道路ができたのは、つい去年のことだった。王都や近隣の町から大勢の労働者や職人たちが派遣され、瞬く間に田畑を埋め地面を馴らし、その上に石畳を敷き詰めて、のどかだった風景を一変させたのだった。
 変わったのは風景だけではない。
 道は人を呼び、文化を呼ぶ。
 たったの一年で、この村に長年住んでいたものが一生掛けても見たことがないほどの、人が、ものが、文化が、この村に流れ込んだ。
 道は、小さく閉ざされた、けれど完全だった世界に穴を開けたのだ。

 今年一六歳のルディは、生まれてこの方、この村から出たことがなかった。
 ルディを出産した時に亡くなった病弱な母親に似て、生まれつき日当たりの悪い年の麦みたいにひょろひょろと細っこい彼は、見た目通り腕力と体力は点でダメだったが、そのぶん、教会での勉強だけはすこぶるできた。
 村一番の秀才として、先生代わりの老司祭に弟子入りすることが決まっていたルディが、その直前に経験したのが、この道の完成と、それに伴う文化革命だった。
「す、すみません、これはなんですか?」
 教会の隣に急ごしらえで作り上げた簡易食堂で、遠くからやってきた旅人たちをもてなしながら、彼は毎日、訪れる人たちに尋ね続けた。
「これは、楽器だよ。シタールって言うんだ」
 そう言って、旅芸人が四本の弦を持つ楽器を爪弾いてみせる。ポロロンと軽やかな音が、転がり出る。
 それまでルディが知っている楽器と言えば、村の倉庫でほこりを被っている祭り用の太鼓と、木でできた粗末な笛くらいなものだった。
 目を丸くするルディに機嫌をよくした旅芸人が、シタールを抱えて小さなバラッドを吟じ始めた。
 遙かなる旅路の先の、古き英雄の勲しの詩。
 英雄は草原を駆け、森を抜け、小さな船に風を受けて海を渡る。
 狭い村の中での繰り返しの毎日では、決して触れることすらない、鮮やかな風景たち。
 その風景を、ルディは想像することさえできない。ただ、今まで感じたことのないような、激しい胸の高鳴りだけが、彼の耳の奥で鳴り響いていた。

 その晩、ルディはこっそりと家を抜け出した。
 酔いつぶれて気持ち良く眠る旅芸人たちの目を盗んで、彼らの馬車の荷台にそっと潜り込む。
 朝になればルディは、今日まで彼の世界のすべてだった村を飛び出して、見たこともない新たな世界に足を踏み入れるのだろう。
 その事が彼にもたらすものが、幸せか不幸せか、それはまだ、誰も知らない。