僕はいつまで他人事でいられるだろう。
大きな地震があった。
僕は今でも、それはただの夢だったんじゃないか、
それか、テレビの中でだけ言っている、作り事じゃないかって思うことがある。
あまりにも衝撃的な出来事で、その記憶を忘れたいと思っている、とかいうことじゃない。たぶん逆。
僕にとって、この地震が、現実感を帯びていない。
本当に幸いなことに、僕の知人には、この地震で亡くなった人はいない。
大きな被害を受けたという話を、僕に直接するような人もいなかった。
全体的に見て、地震の前と後で、僕の生活はなにひとつ変わっていない、ということができる。
それは本当に、運のいいことで、そして紙一重の偶然にすぎないのだけれど、
僕はどこかでそれを当然のこととして受け入れている。
地震の前も後もかわらずに、「自分だけは大丈夫」という無根拠な自信を、抱いたままだ。
僕は今日も目の前の仕事で悩み、「やってらんねーよ」と愚痴を吐き、
逆にちょっとしたことに幸せを感じ、何か楽しいこと無いかなーと探している。
何も変わらない、お気楽な生活。
ふとニュースが目に入れば、聞いたこともない桁の死者の数。
「小学校の児童の七割が亡くなったか行方不明」などという文字。
普段の僕は、小説を書き、「違う立場の人に感情移入することは大事だ」などと言ってるのに、
今の僕は間違っても「感情移入」してしまわないよう、心を護ってさえいる。
感情移入なんて、できるわけもない。
してしまったら、平気な顔して日常なんて、送れるはずもない。
だからなんだ、というわけじゃない。
「そういう姿勢は薄情だから、明日からちゃんと感情移入しよう」
なんてばかばかしいことを、思ったりはしない。
朝日がのぼったらまた僕は、悲惨な状況なんてものを決して思い浮かべないようにして、
平気な顔をして日常を送る。
ただ一人静かな真夜中に、そんなことを考えたという、
そのことだけ、書きとめておきたかった。
僕は今でも、それはただの夢だったんじゃないか、
それか、テレビの中でだけ言っている、作り事じゃないかって思うことがある。
あまりにも衝撃的な出来事で、その記憶を忘れたいと思っている、とかいうことじゃない。たぶん逆。
僕にとって、この地震が、現実感を帯びていない。
本当に幸いなことに、僕の知人には、この地震で亡くなった人はいない。
大きな被害を受けたという話を、僕に直接するような人もいなかった。
全体的に見て、地震の前と後で、僕の生活はなにひとつ変わっていない、ということができる。
それは本当に、運のいいことで、そして紙一重の偶然にすぎないのだけれど、
僕はどこかでそれを当然のこととして受け入れている。
地震の前も後もかわらずに、「自分だけは大丈夫」という無根拠な自信を、抱いたままだ。
僕は今日も目の前の仕事で悩み、「やってらんねーよ」と愚痴を吐き、
逆にちょっとしたことに幸せを感じ、何か楽しいこと無いかなーと探している。
何も変わらない、お気楽な生活。
ふとニュースが目に入れば、聞いたこともない桁の死者の数。
「小学校の児童の七割が亡くなったか行方不明」などという文字。
普段の僕は、小説を書き、「違う立場の人に感情移入することは大事だ」などと言ってるのに、
今の僕は間違っても「感情移入」してしまわないよう、心を護ってさえいる。
感情移入なんて、できるわけもない。
してしまったら、平気な顔して日常なんて、送れるはずもない。
だからなんだ、というわけじゃない。
「そういう姿勢は薄情だから、明日からちゃんと感情移入しよう」
なんてばかばかしいことを、思ったりはしない。
朝日がのぼったらまた僕は、悲惨な状況なんてものを決して思い浮かべないようにして、
平気な顔をして日常を送る。
ただ一人静かな真夜中に、そんなことを考えたという、
そのことだけ、書きとめておきたかった。