僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

天才ホテルミュージカル「蟻と僕」

今日は、舞台を見てきた。
僕の彼女が手伝いをしている劇団天才ホテルのミュージカル。
前回のフィリピン・スモーキーマウンテンを題材にした作品に続き、
今回はインドで最下層のカーストとして生まれ、盗賊として生きた実在の人物、
プーラン・デヴィの自伝をもとにした重厚な作品。

世界の片隅で、実際に存在する、紛れもない事実。
そのあまりに激しくて、悲惨で、苦難に満ちた生き方は、
もはや僕たちの想像出来る範囲を軽々と超えてしまっている。
でもそれは決しておとぎ話ではないし、遙か昔のことでもなく、
現実の、現代の出来事だ。
そして出てくる人物たちも、決して神でもなければ悪魔でもない。
僕らと同じ、人間なのだ、ということ。
それを知ったからといって、何かが出来る訳じゃないかもしれない。
けれど、知らないことと知ったことの間には、
何か、ほんの少しだけ違いがあるはずだと思う。
そういう現実に真正面から向き合い、伝えること。
この作品は、そういう役目を果たしている。

その上で、プーランに関してはすでに秀逸な自伝があるにも関わらず、
わざわざフィクションのミュージカルにして見せる意義はなんだろうか。
それはプーランを、周囲の人々を生身の人間が演じることで、
(擬似的であれ)彼女たちを「肉体をもった存在」にすることだと思う。
観る者に「人間」ということを強く意識させる。
一時的にでも、登場人物たちに感情移入や共感をさせ、
その中で、彼女の人生を他人事としてではなく現実の感触をもって実感させる。
そうした体験は、舞台を見終わった後も、観客の心の底に残り続ける。

僕自身は、プーランでもヴィクラム(プーランの夫で盗賊団のリーダー)
でもなく、
プーランと同じ村に住み、彼女を虐げた名もない村人たちに
激しく感情移入してしまった。
「そういうしきたりなんだ」と口にする彼らは、
確かに加害者ではあるが、僕らとかけ離れた悪魔だという訳じゃない。
プーランが盗賊になった後、プーランの両親と共に彼女の元を訪れ、
無様に許しを乞う村人たちの姿に、激しい嫌悪感と親近感を覚えてしまい、
その事に怖くなって、涙が止まらなかった。
僕が村に生きていたら、果たしてあの中に混じっていなかっただろうか。

まだまだ完成度を高める余地はあるとはいえ、
非常に衝撃的な、有意義な作品であったと思った。
最初に言ったように、もっと多くの人に観てもらいたい、
そしてたくさんの人の心の底に、引っかかりを残して欲しい、と強く思う。