僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

おじいちゃん

土曜日に、おじいちゃんがなくなった。
僕にとっては生まれてはじめての、身近な人が亡くなる体験だった。
初めて、亡くなる瞬間を看取ることもした。
それまで一生懸命に息をしていたおじいちゃんが、最後にひとつ、大きく息を吸い込んで、満足したように息をするのをやめた。
痛みに苦しんだりしている様子もなくて、穏やかな最期だったように思う。

不思議と、思ったほどの悲しみも寂しさもないのは、まだ実感がわかないというのもあると思うけれど、おそらくはおじいちゃんが少しずつ向こうへ旅立つ準備を整えていたからじゃないかな。
だんだんと色んな記憶をなくしていって、僕のことも分からなくなっていたおじいちゃん。
記憶をなくしていくにつれて、心を煩わせるさまざまな出来事もなくなっていく。
それは、世界に対する執着をなくして、別の世界へと旅立つ準備なのかもしれない。
人は、歳を取ると子供に戻っていくと言われているけど、まさしく、亡くなる寸前のおじいちゃんは生まれたばかりの無垢な赤ちゃんのように見えた。
苦しみも心残りもなく逝けたのだとすれば、おじいちゃんは幸せだったのかな。

僕はまだまだいろんなことに心煩わされて、毎日悩んでばかりだよ。
そっちに行く準備が出来るのは、まだずっと先になりそう。

おじいちゃん、お疲れ様。ゆっくり休んでください。
ありがとう。