1月後半のおぼえがき。
今更だけど。
1/17~1/31のつぶやき。
たった3ヶ月前のことなのに、自分はこんなこと考えていたのかー、と面白い。
「日本の若者は不幸じゃない」を読む。著者の福嶋さんは、僕と全く同い年。だからきっと、社会を見る高さがよく似ていて、僕の主張と全く同じこと言ってる!と感激することがいっぱい。
「不況ネイティブ」という言葉にたいへん共感を覚える。そう、僕らはバブルなんて知らないんだ。あの頃はよかった、なんて、思い返すべき過去がない。
若者が不幸だと言ってるのは、過去の幸福観から逃れられない大人たちと、その影響を受けて育てられてしまった若者たち。
若者にとって、バブル時代など、江戸時代と同じくらい遠い過去の出来事なのだよ。そんなものと比べられても、ねえ?
「ロールモデルなき時代」ってのも別に悲劇でもなんでもなくて、みんなが同じになるべきだ、と思わなくていい幸せな時代とも言えるよね。
とまぁ、共感することの多い考察ではあるのだけど、一つ大きな問題はある。そう、次の世代のこと。「今の時代の若者たちは、せいぜい年収300万くらいあればいいと思ってる」という意見には賛成だけど、子供を養い育てることを考えると途端に不安になる。
僕自身は「キリスト教に淘汰されるべき土着の信仰」という考えに無条件で反発を覚えてしまいます。実は大学の研究分野がそのあたりだったんですが… #renovel
とはいえ、まさか村の人たちに共感はできない。なので、困った。という感じでした(笑)。 #renovel
「未開の愚かな文化を文明化する」という大義名分には違和感を覚えるけど、「私は少女を助けたい。だから、たとえ村が滅びようとも少女を助ける」という思いの方には共感できた。だからこそ、くろがねにも義父にも、「大義名分」は与えたくなかった。 #renovel
RT @faust_editor_j: 『ニンギョウがニンギョウ』発表前夜、著者の西尾維新さんの勢いがあまりにもありすぎて過剰に成功しすぎていると判断したので、「西尾さん、ここはひとつ、失敗作をお願いします。失敗することに成功しましょう!」という前代未聞の原稿依頼を行った。
「失敗作をつくった」だって??……悔しいが、その意図に完全にはまったのが僕かもしれない。
うーん、僕は、装丁が綺麗で中身がつまらない本なんて欲しくないけどなぁ。そして装丁云々というなら講談社BOXをなんとかしてほしい……
乾くるみ『リピート』を読み進め中。めっちゃ面白くてぐいぐい進む。久しぶりに小説読んでいる気がするなぁ。そして、この前の「男性的・女性的な文体」という話で考えると、乾さんの文章はもう極端に男性的。だから僕にはとても合う。
昼休みに、乾くるみ『リピート』をさらに読み進める。あと1/5くらい。『イニシエーション・ラブ』の時もそうだったんだけど、一人称の小説で、語り手である主人公のキャラクターに共感させつつ、同時に嫌悪感を抱かせるってすごい技術だよな。なぜか自己嫌悪みたいな気分になる。
最近、上司から指示を受けることが少なくなった。もともと無茶苦茶口数の少ないチーフだから、指示を受けないとなると一日ほぼ口を利かない。指示を受けなくてもやることはあるから、ちゃんと仕事はしていると思うんだけど、やっぱりまだ不安になってしまうな。そんな僕はもうすぐ転職一年。
所のTSUTAYAでレンタル落ちのCDを投げ売りしていて思わず買い込む。アルバム4枚で100円とかおいおい……
買ってしまって申し訳ない気持ちだけど、この機会でもないと買わないだろうしなぁ。うーむ。とは言え最近は音楽から離れ気味だ……
普段は音楽だの本だのが「安易にわかりやすい方に行こうとしてる!」とか批判しているくせに、ゲームについては、難易度が低くてサクッと楽しめるわかりやすさを求めてしまうなぁ。
もともとゲームをし続けて育ってないから、ゲームを進めるためのセンスやスキルみたいなものが身についてない、というのがまずあって、それに、今やるとしてもそう何十時間もハマれないだろうなーと思うから、「まぁ、一通りやった」という気持ちに早いとこなりたい、みたいな。
そしてこれを、「本をあまり読まない」「音楽をあまり聞かない」という人と置き換えれば、最近の売れ筋の理由もわかるというもんだ(笑)。
今年読んだ本10冊目!今年も100冊読めるかな? ここ三年程、少しずつ読む本の数が増えているけど、今年は去年を越えるのは難しそう。なんたって去年は無職の間の1~3月で70冊以上読んでるしなぁ。
ふと見たら、僕のブログ、ものすごい文章量になっているなー。僕の通ってきた軌跡。ブログってすごい。
RT 採用選考「大学4年8月から」 同友会代表幹事が提案 http://j.mp/e1ucSb
「大企業と中小企業を同じ時期に受ける学生が増え、結果的に優秀な人材が中小企業に入る」って、一体どんな論理展開? 採用活動がかぶるから、中小企業を受けたくても受けられなくなって、中小企業は人手不足、学生は就職できない、というふうになるとしか思えないけど……
採用数も変わらないのに期間だけ短くして、しかも「新卒」の枠を増やすことで倍率だけ上げて、学生を過労死させたいんだろうか。やってることが反対方向な気がする。
就活生が意識的に中小企業を嫌がってる、ってこともないと思うんだけどなぁ。特に就活の後期になったら。やっぱり知る機会の問題だったりするんじゃないかなぁ。期間短縮されたら、知る機会はやっぱり減ってしまうだろうなぁ。
なんでいつまでも僕の中では就活の話題ってすごく気になっちゃうんだろうな。一応、今は就活終わってるはずなのに。
そして何やらついつい、「若者をバカにするな!」みたいな立場になってしまうことが多いかも。自分のカテゴライズのようなことはほどほどにしないとな……。セクト対立なんて嫌だしねー。
僕は僕と周りの人が笑って暮らせるようになりたい。まずは何よりそれを考えちゃう。でも敵を作ったり、誰かを敵にしたりする必要はないよね。
ううむ。自分でもじゃあどうすればいいのか、結論がでないな。でも、多分今回のやり方は、大企業も政府もなんにも投資しない小手先の行動で、いちばんの当事者である就活生の努力だけを強いるようなやり方だから納得できないんだと思う。
そもそも早くから就活をすることが学業を妨げている、って本当かな?僕は、三年生の時から就活したけど、そのおかげで四年の6月に内定をもらった。だから、ちゃんと学業をして卒論に打ち込めた。4年の夏以降じゃないと就活しちゃいけない、なんてことになったら、卒論なんて書いてる暇なかった。
問題は、三年生から就活をして、まる一年以上やっても内定できないほど落ち続けてしまう、という現状なのに、それを強制的に後ろに押し出して、卒業時に内定できない人を大量に増やしてどうするのか、ってこと。「新卒を三年間有効にする」なんてのも、全企業に行き渡る保証がないなら、損ばかりだ。
こんなこと言うと女の子に怒られそうだけど、僕は女の子のお化粧した姿がちょっと苦手なのです……。お化粧してもとよりよくなっている人と、お化粧してもとより悪くなっている人の割合って、後者の方が多いんじゃないかって、ちょっと思ったりするんだけどなぁ。
夏目漱石はそこそこ好きだけど、「こころ」は全然好きじゃないなぁ、と思った記憶があります。 #tw_dokusyokai
「こんな風に書いとけば人気出るんじゃないかな?」みたいな著者の思いが透けて見えてしまう気がするんだよなぁ。まぁ、漱石って全体的にそういう雰囲気があるけど。でも、『こころ』は扱ってる題材が深刻風な分、いまいち納得できないな……。 #tw_dokusyokai
パソコンの中に7000曲の音楽が入っている、という状態は幸せなんだろうか……とふと考えてしまった。絶対に聞ききれない。
僕のパソコンに入ってる音楽、全部流すと406時間なんだって。すごいなー。
なんか最近、フォントに夢中。フリーフォントだけど、「モトヤアポロ」ってのがすっごくよくて、何でもかんでもそれで印刷したくなっちゃう。……ちっちゃな王子さま第二版、とか作ろうかしらん。
そして仕事でやるようになってからやっと、用字統一の大切さを知った(笑)。そして今までの僕の作品、全然統一されていない(笑)。冗談抜きで、どっかで一気に、仕事ばりの「校正」をするべきじゃないかと思うんだ。「なきごえは、おともなく」が完結したらだな……いつになるやら。
一気にTLでモトヤアポロが流行ってる!(笑)
というかモトヤアポロ、ちっちゃな王子さまにそれはそれはぴったりだと思うんだ。前のやつは教科書体で印刷したわけだけど、それもまぁ、けっこう気に入ってたんだけど、雰囲気ががらっと変わって、でも落ち着く気がするんだ。
しかし実際買うとなるとなかなか素敵な値段だ……。いや、それだけの価値はある気がするんだが!しかし!
有名なヒラギノとリュウミンは個人的にはそんなにピンと来なかったんです。でもモトヤでぐっと来た。びっくりした。
あ、でも今見直したらリュウミンは結構ありかもしれない……!
僕は学生の時くらいまで、ものすごーくデザインというものに対して苦手意識があったんだよなぁ。なので、フォントとか知らないふりしてた。しかし、今からでも遅くない!超初心者として、入門し直そう。
ヒラギノ明朝もちょっと苦手かな。まぁ、話がおもしろいと、苦手なフォントはそのうち忘れちゃったりもするんですが。
同じ明朝でも、ヒラギノとリュウミンなら明らかにリュウミンが好みだなぁ、とか、そんな知らなかった自分の好みを発見してうれしい気分です。我ながら不思議ー!
今日はロストインタイムのアルバムのレビューを書こう!そう決意した。
手前味噌で申し訳ないんだけど、ロストインタイムのレビューは、僕が書いている文章の中でもかなり出来がいい方なんじゃないかと思ってる。半端じゃない思い入れがあるからね。だから、適当には書けない。アルバムを手に入れて、自分の中で消化しないと書けないんだ。
ロストインタイムのアルバムを出た順に並べると、そこには紛れもない文脈がある、と僕は思う。そしてその文脈は僕と無関係ではなくて、僕の歩みと、いつもともにあるんだ。
いまファーストアルバム「冬空と君の手」を聴いていたら、なんか切なくなってきた。「いまの僕に、明日は見えない」「僕のこの心はきっと汚れている」必死に吠える、海北さんの叫び声。
なにかを褒めるときに、「普通にいいよ」とか「普通に美味しい」というふうに、「普通に」って言うのはおかしい、という話をTLで見かけた。これ、僕は自分が大学生だったときに考えたなぁ。
しかも僕そのとき自分が大学生で、思いっきり「最近の若者」だったから、無意識のうちに自分で使っていたんだよね。そして「……はて、なぜ僕は普通にって言ってるんだ?」と思ったわけ。
多分、大学生とかって普段から「なにかおもしろいことや、冗談を言い合う」ってのがあたりまえになりすぎているんだよね。ふざけているのが標準。だから、「(ふざけているんじゃなくて、)普通に、いいと思うよ」っていう前置きが必要なんじゃないか、と、主観的にはそういう結論だった。
僕は昔から「言葉の乱れ」は大好き。それってコミュニケーションの必要をいつの間にか満たしている、ダイナミックな言語の進化だとおもうから。誰か個人の意図で生まれるんじゃなくて、人と人の間で、偶然ではなく必然に導かれて生まれてるんだからものすごい。
例えば「ら抜き言葉」。つまり、「正しい日本語文法」では「食べられる」を受け身か可能か尊敬語か区別できなくて、誤解を招くことがあるんだけど、ら抜きは可能の場合のみ発生するから、誤解を減らすことができる。乱れじゃなくて進化じゃない? このことを知ったとき、僕はかなり感動したんだ。
あたりまえなんだけど、ネットニュースやコラム記事って、もとになるサイトページがあるわけなんだよね。みんな記事の内容に注目するから、あんまり注目されない気がするんだけど、僕にはどうしても信用できないサイトがいくつかある。Twitterのリンク先がそこだと、読む気も失せる。
でも粗悪な記事を見たときに僕みたいに「このサイトページが信用できない」と思う人は少なくて、「Twitterで流れてくる記事は信用できない」とか「ミクシーニュースはウソばっかり」みたいな感覚を持つ人の方が多いようにも思う。ネットは匿名も多いけど、「文責」って大事だと思う。
電子書籍の時にいつも騒がれる、「編集者の役割」ってそういうところにあるんだと思う。この編集部を通した記事ならばある程度信頼できる、とかそういうこと。
オンラインノベルの感想の話から、ちょっと話が大きくなるんだけど、僕はあんまり「精神的苦痛」という概念を歓迎できないなぁ、とか思う。「誹謗中傷された、私は被害者」って主張することって、自分にとって、すごく有益でない気がする。
感想とか批評とか、僕は心から本当に思ったことをきちんと伝えるのが誠意だと思っているから、「思ったことでも、それがきびしいことなら言わないで下さい」と言われたら、「じゃあ何も言えないな」と思ってしまうなー。
そして自分が言いたい放題言っておきながらこんなことを言ってしまうけど、僕に言われた言葉なんて、全然気にしなく立っていいんだよ、って思うわけです。参考にしたかったらすればいい。したくなかったらしなければいい。
あともう一つ。「こんなのは感想じゃなくて誹謗中傷だ」という決めつけが、誤っていることも多いように感じるな。「こんなもの書くやつはバカだ」ってのは確かに誹謗中傷だけど、「これを読んだら不愉快になりました」ってのはちゃんと感想だと思う。
でも今日はちょっとしたブレイクスルー。営業をやっていた僕の経験を、ぴったりと編集の仕事に変換して活かすことができる、と実感できた気がする。単なる「編集一年目」から、やっと「違う経験を持つ者」になれたような
自分が考えて考えて、たどり着いた考えと同じことを、内田樹さんが言ってる。もちろん、僕が影響を受けているせいもあるのだけど、ちょっと悔しい(笑)。
実は昨日、会社の、直接の上司ではない先輩から、「部長との会議とかで、sagittaさんの評価がけっこう高いみたいだよ」みたいなことを言われ、ちょっとうれしかったり。そういうこと言われると、やる気出るよなー。入社一年、夢中でやってきただけだけど、間違ってはいないみたい。
5年間、同じように夢中で編集を続けていればなにか見えそうな、そんな気がした。毎日目の前のことをこなしているだけで、先のことを考えた行動なんてできない!と不安になっていた毎日が、ちょっとだけゆるんだ。目の前のことの、積み重ね。
僕も内田樹氏の言う「等価交換する子どもたち」の世代だから、日々の努力の中で、すぐに結果が出ないと焦ってしまうけれど、でもそういうのはずっと後に時間差でやってくるんだよな。経験をつむってことは、それを知ることなのかもしれない。
時間がないので、ちゃんとした議論ができないのが残念だけど、「大学生が顧客であるという考え方に反対」というつぶやきを見かけた。それには大賛成なのだけど、教授の「もし顧客なら、給料に見合う仕事しかしない」(今はもっとやってる)みたいな発言には反発してしまうなぁ。
「教授の評価を学生がするべきではない」というのはわかる。教育はそんな等価交換じゃない、ってこと。だけど、断言してもいいけど、これから一生、あの教授に感謝することはあり得ない、というほどひどい人もいた。今でも給料を貰っているのだと思うと腹立たしい。
だから、「大学に経済原理を持ち込むと、教育の質が下がるから反対」というのは当たらないとは思う。そもそも「教育の質」という言い方は、それが計れる、ということが前提の経済原理に基づいた考え方だし。
「教育は、すぐに結果が出るものじゃない」まさしくその通りだ。その最先端にいる大学こそ、就職率とか学生の評価とか、そういう安易なことではなくて、もっと長い視点で大学の信頼を高めるような改革をしてほしい。「学生が親になった時、自分の子供に勧めたいと思う大学」を目指してほしい。
お、なんか伝え聞くだけだったのがまとめられてた。 RT @togetter_jp: .@shimatani_23 さんの「Twitter文学賞で組織票」が2000PVを超えました!。2000回も見られてるなんてすごいね。 http://togetter.com/li/93251
正直言って、僕はこの件について怒っている人の気持ちはあんまりわからないなー。「悪いことかなぁ?」と思うよ。ホントに。まぁ、主催者の方にいい印象を持っていないから、そういうフィルタがかかってる、ってこともあるかもしれないけどさ。
嶽本野ばら氏の小説……十中八九好きになれないと思うけど、一冊くらい読んでみようかな(笑)。
あ、でもよく読んだら、まだ発売されてない本に投票したの?そりゃいかんな。ルール違反じゃん。
ルール内での組織票も「非常識だ」「許せん」と考えるのは、逆にいきすぎた公平信仰みたいな感じで違和感があるなぁ。少なくともTwitterという場にはふさわしくないんじゃないかなあ、と言おうとしたんだけど。
まぁ、何事も程度問題でもあるんだけど。先にものごとや立場を定義してしまうと、この「程度による」ということを忘れがちになってしまうので気をつけねば。これは自分に対する戒め。
それからtogetterの「まとめ」というやつも、編集する人が発言を入れるか入れないか選択するとしたら、決して公平な「事実」にはならないんだな、ということも心に留めておかねば。
まぁ、とにかくぼくは、今話題となっていることがあって、それが「こう解釈されるのが当然」ってきな空気をまとって流れてくると、どうしても逆さから見たくなってしまうんだ。大勢の流れ、って怖い。
組織票そのものが悪いかどうか、はまた考えて見たいけど、仕事中には無理だな(笑)。
ちなみに僕、自分の意見に反論することもあります。つぶやきは思考の過程なので、僕の確固とした意見とは限りません。許してちょ。
ルール違反はいかん。それは譲れない。わかっててやるのは「悪意」。僕は大抵のことは許せるけど、悪意だけはどうにもしようがない。
景気が悪くなって、企業で経費削減が叫ばれるようになって、ちょっとした備品でも相見積が当たり前になって、価格というわかりやすい数字に惑わされて、品質とかサービスの丁寧さとかそういうものが失われたように思う。丁寧だからコストがかかる、というところは見積で負けてしまうのだから。
人件費を削るために、残業代を払わない。正社員を派遣社員に変える。下請け先に圧力をかけて値段を下げさせる。そういう「コスト削減」の結果、「安くて高品質」になっているのだとしたら、うーん、と思ってしまうな。
ちょっとしたメモとか、書類作成に使うペンを探していて、たどりついた一つの結論が、「水性のドローイングペン」。すらすらと書きやすいうえに、ちょうどいいすべり具合で、字が多少なりともきれいに書ける気がする。すべりがよすぎても、わるくてもいけない。
1/17~1/31のつぶやき。
たった3ヶ月前のことなのに、自分はこんなこと考えていたのかー、と面白い。
「日本の若者は不幸じゃない」を読む。著者の福嶋さんは、僕と全く同い年。だからきっと、社会を見る高さがよく似ていて、僕の主張と全く同じこと言ってる!と感激することがいっぱい。
「不況ネイティブ」という言葉にたいへん共感を覚える。そう、僕らはバブルなんて知らないんだ。あの頃はよかった、なんて、思い返すべき過去がない。
若者が不幸だと言ってるのは、過去の幸福観から逃れられない大人たちと、その影響を受けて育てられてしまった若者たち。
若者にとって、バブル時代など、江戸時代と同じくらい遠い過去の出来事なのだよ。そんなものと比べられても、ねえ?
「ロールモデルなき時代」ってのも別に悲劇でもなんでもなくて、みんなが同じになるべきだ、と思わなくていい幸せな時代とも言えるよね。
とまぁ、共感することの多い考察ではあるのだけど、一つ大きな問題はある。そう、次の世代のこと。「今の時代の若者たちは、せいぜい年収300万くらいあればいいと思ってる」という意見には賛成だけど、子供を養い育てることを考えると途端に不安になる。
僕自身は「キリスト教に淘汰されるべき土着の信仰」という考えに無条件で反発を覚えてしまいます。実は大学の研究分野がそのあたりだったんですが… #renovel
とはいえ、まさか村の人たちに共感はできない。なので、困った。という感じでした(笑)。 #renovel
「未開の愚かな文化を文明化する」という大義名分には違和感を覚えるけど、「私は少女を助けたい。だから、たとえ村が滅びようとも少女を助ける」という思いの方には共感できた。だからこそ、くろがねにも義父にも、「大義名分」は与えたくなかった。 #renovel
RT @faust_editor_j: 『ニンギョウがニンギョウ』発表前夜、著者の西尾維新さんの勢いがあまりにもありすぎて過剰に成功しすぎていると判断したので、「西尾さん、ここはひとつ、失敗作をお願いします。失敗することに成功しましょう!」という前代未聞の原稿依頼を行った。
「失敗作をつくった」だって??……悔しいが、その意図に完全にはまったのが僕かもしれない。
うーん、僕は、装丁が綺麗で中身がつまらない本なんて欲しくないけどなぁ。そして装丁云々というなら講談社BOXをなんとかしてほしい……
乾くるみ『リピート』を読み進め中。めっちゃ面白くてぐいぐい進む。久しぶりに小説読んでいる気がするなぁ。そして、この前の「男性的・女性的な文体」という話で考えると、乾さんの文章はもう極端に男性的。だから僕にはとても合う。
昼休みに、乾くるみ『リピート』をさらに読み進める。あと1/5くらい。『イニシエーション・ラブ』の時もそうだったんだけど、一人称の小説で、語り手である主人公のキャラクターに共感させつつ、同時に嫌悪感を抱かせるってすごい技術だよな。なぜか自己嫌悪みたいな気分になる。
最近、上司から指示を受けることが少なくなった。もともと無茶苦茶口数の少ないチーフだから、指示を受けないとなると一日ほぼ口を利かない。指示を受けなくてもやることはあるから、ちゃんと仕事はしていると思うんだけど、やっぱりまだ不安になってしまうな。そんな僕はもうすぐ転職一年。
所のTSUTAYAでレンタル落ちのCDを投げ売りしていて思わず買い込む。アルバム4枚で100円とかおいおい……
買ってしまって申し訳ない気持ちだけど、この機会でもないと買わないだろうしなぁ。うーむ。とは言え最近は音楽から離れ気味だ……
普段は音楽だの本だのが「安易にわかりやすい方に行こうとしてる!」とか批判しているくせに、ゲームについては、難易度が低くてサクッと楽しめるわかりやすさを求めてしまうなぁ。
もともとゲームをし続けて育ってないから、ゲームを進めるためのセンスやスキルみたいなものが身についてない、というのがまずあって、それに、今やるとしてもそう何十時間もハマれないだろうなーと思うから、「まぁ、一通りやった」という気持ちに早いとこなりたい、みたいな。
そしてこれを、「本をあまり読まない」「音楽をあまり聞かない」という人と置き換えれば、最近の売れ筋の理由もわかるというもんだ(笑)。
今年読んだ本10冊目!今年も100冊読めるかな? ここ三年程、少しずつ読む本の数が増えているけど、今年は去年を越えるのは難しそう。なんたって去年は無職の間の1~3月で70冊以上読んでるしなぁ。
ふと見たら、僕のブログ、ものすごい文章量になっているなー。僕の通ってきた軌跡。ブログってすごい。
RT 採用選考「大学4年8月から」 同友会代表幹事が提案 http://j.mp/e1ucSb
「大企業と中小企業を同じ時期に受ける学生が増え、結果的に優秀な人材が中小企業に入る」って、一体どんな論理展開? 採用活動がかぶるから、中小企業を受けたくても受けられなくなって、中小企業は人手不足、学生は就職できない、というふうになるとしか思えないけど……
採用数も変わらないのに期間だけ短くして、しかも「新卒」の枠を増やすことで倍率だけ上げて、学生を過労死させたいんだろうか。やってることが反対方向な気がする。
就活生が意識的に中小企業を嫌がってる、ってこともないと思うんだけどなぁ。特に就活の後期になったら。やっぱり知る機会の問題だったりするんじゃないかなぁ。期間短縮されたら、知る機会はやっぱり減ってしまうだろうなぁ。
なんでいつまでも僕の中では就活の話題ってすごく気になっちゃうんだろうな。一応、今は就活終わってるはずなのに。
そして何やらついつい、「若者をバカにするな!」みたいな立場になってしまうことが多いかも。自分のカテゴライズのようなことはほどほどにしないとな……。セクト対立なんて嫌だしねー。
僕は僕と周りの人が笑って暮らせるようになりたい。まずは何よりそれを考えちゃう。でも敵を作ったり、誰かを敵にしたりする必要はないよね。
ううむ。自分でもじゃあどうすればいいのか、結論がでないな。でも、多分今回のやり方は、大企業も政府もなんにも投資しない小手先の行動で、いちばんの当事者である就活生の努力だけを強いるようなやり方だから納得できないんだと思う。
そもそも早くから就活をすることが学業を妨げている、って本当かな?僕は、三年生の時から就活したけど、そのおかげで四年の6月に内定をもらった。だから、ちゃんと学業をして卒論に打ち込めた。4年の夏以降じゃないと就活しちゃいけない、なんてことになったら、卒論なんて書いてる暇なかった。
問題は、三年生から就活をして、まる一年以上やっても内定できないほど落ち続けてしまう、という現状なのに、それを強制的に後ろに押し出して、卒業時に内定できない人を大量に増やしてどうするのか、ってこと。「新卒を三年間有効にする」なんてのも、全企業に行き渡る保証がないなら、損ばかりだ。
こんなこと言うと女の子に怒られそうだけど、僕は女の子のお化粧した姿がちょっと苦手なのです……。お化粧してもとよりよくなっている人と、お化粧してもとより悪くなっている人の割合って、後者の方が多いんじゃないかって、ちょっと思ったりするんだけどなぁ。
夏目漱石はそこそこ好きだけど、「こころ」は全然好きじゃないなぁ、と思った記憶があります。 #tw_dokusyokai
「こんな風に書いとけば人気出るんじゃないかな?」みたいな著者の思いが透けて見えてしまう気がするんだよなぁ。まぁ、漱石って全体的にそういう雰囲気があるけど。でも、『こころ』は扱ってる題材が深刻風な分、いまいち納得できないな……。 #tw_dokusyokai
パソコンの中に7000曲の音楽が入っている、という状態は幸せなんだろうか……とふと考えてしまった。絶対に聞ききれない。
僕のパソコンに入ってる音楽、全部流すと406時間なんだって。すごいなー。
なんか最近、フォントに夢中。フリーフォントだけど、「モトヤアポロ」ってのがすっごくよくて、何でもかんでもそれで印刷したくなっちゃう。……ちっちゃな王子さま第二版、とか作ろうかしらん。
そして仕事でやるようになってからやっと、用字統一の大切さを知った(笑)。そして今までの僕の作品、全然統一されていない(笑)。冗談抜きで、どっかで一気に、仕事ばりの「校正」をするべきじゃないかと思うんだ。「なきごえは、おともなく」が完結したらだな……いつになるやら。
一気にTLでモトヤアポロが流行ってる!(笑)
というかモトヤアポロ、ちっちゃな王子さまにそれはそれはぴったりだと思うんだ。前のやつは教科書体で印刷したわけだけど、それもまぁ、けっこう気に入ってたんだけど、雰囲気ががらっと変わって、でも落ち着く気がするんだ。
しかし実際買うとなるとなかなか素敵な値段だ……。いや、それだけの価値はある気がするんだが!しかし!
有名なヒラギノとリュウミンは個人的にはそんなにピンと来なかったんです。でもモトヤでぐっと来た。びっくりした。
あ、でも今見直したらリュウミンは結構ありかもしれない……!
僕は学生の時くらいまで、ものすごーくデザインというものに対して苦手意識があったんだよなぁ。なので、フォントとか知らないふりしてた。しかし、今からでも遅くない!超初心者として、入門し直そう。
ヒラギノ明朝もちょっと苦手かな。まぁ、話がおもしろいと、苦手なフォントはそのうち忘れちゃったりもするんですが。
同じ明朝でも、ヒラギノとリュウミンなら明らかにリュウミンが好みだなぁ、とか、そんな知らなかった自分の好みを発見してうれしい気分です。我ながら不思議ー!
今日はロストインタイムのアルバムのレビューを書こう!そう決意した。
手前味噌で申し訳ないんだけど、ロストインタイムのレビューは、僕が書いている文章の中でもかなり出来がいい方なんじゃないかと思ってる。半端じゃない思い入れがあるからね。だから、適当には書けない。アルバムを手に入れて、自分の中で消化しないと書けないんだ。
ロストインタイムのアルバムを出た順に並べると、そこには紛れもない文脈がある、と僕は思う。そしてその文脈は僕と無関係ではなくて、僕の歩みと、いつもともにあるんだ。
いまファーストアルバム「冬空と君の手」を聴いていたら、なんか切なくなってきた。「いまの僕に、明日は見えない」「僕のこの心はきっと汚れている」必死に吠える、海北さんの叫び声。
なにかを褒めるときに、「普通にいいよ」とか「普通に美味しい」というふうに、「普通に」って言うのはおかしい、という話をTLで見かけた。これ、僕は自分が大学生だったときに考えたなぁ。
しかも僕そのとき自分が大学生で、思いっきり「最近の若者」だったから、無意識のうちに自分で使っていたんだよね。そして「……はて、なぜ僕は普通にって言ってるんだ?」と思ったわけ。
多分、大学生とかって普段から「なにかおもしろいことや、冗談を言い合う」ってのがあたりまえになりすぎているんだよね。ふざけているのが標準。だから、「(ふざけているんじゃなくて、)普通に、いいと思うよ」っていう前置きが必要なんじゃないか、と、主観的にはそういう結論だった。
僕は昔から「言葉の乱れ」は大好き。それってコミュニケーションの必要をいつの間にか満たしている、ダイナミックな言語の進化だとおもうから。誰か個人の意図で生まれるんじゃなくて、人と人の間で、偶然ではなく必然に導かれて生まれてるんだからものすごい。
例えば「ら抜き言葉」。つまり、「正しい日本語文法」では「食べられる」を受け身か可能か尊敬語か区別できなくて、誤解を招くことがあるんだけど、ら抜きは可能の場合のみ発生するから、誤解を減らすことができる。乱れじゃなくて進化じゃない? このことを知ったとき、僕はかなり感動したんだ。
あたりまえなんだけど、ネットニュースやコラム記事って、もとになるサイトページがあるわけなんだよね。みんな記事の内容に注目するから、あんまり注目されない気がするんだけど、僕にはどうしても信用できないサイトがいくつかある。Twitterのリンク先がそこだと、読む気も失せる。
でも粗悪な記事を見たときに僕みたいに「このサイトページが信用できない」と思う人は少なくて、「Twitterで流れてくる記事は信用できない」とか「ミクシーニュースはウソばっかり」みたいな感覚を持つ人の方が多いようにも思う。ネットは匿名も多いけど、「文責」って大事だと思う。
電子書籍の時にいつも騒がれる、「編集者の役割」ってそういうところにあるんだと思う。この編集部を通した記事ならばある程度信頼できる、とかそういうこと。
オンラインノベルの感想の話から、ちょっと話が大きくなるんだけど、僕はあんまり「精神的苦痛」という概念を歓迎できないなぁ、とか思う。「誹謗中傷された、私は被害者」って主張することって、自分にとって、すごく有益でない気がする。
感想とか批評とか、僕は心から本当に思ったことをきちんと伝えるのが誠意だと思っているから、「思ったことでも、それがきびしいことなら言わないで下さい」と言われたら、「じゃあ何も言えないな」と思ってしまうなー。
そして自分が言いたい放題言っておきながらこんなことを言ってしまうけど、僕に言われた言葉なんて、全然気にしなく立っていいんだよ、って思うわけです。参考にしたかったらすればいい。したくなかったらしなければいい。
あともう一つ。「こんなのは感想じゃなくて誹謗中傷だ」という決めつけが、誤っていることも多いように感じるな。「こんなもの書くやつはバカだ」ってのは確かに誹謗中傷だけど、「これを読んだら不愉快になりました」ってのはちゃんと感想だと思う。
でも今日はちょっとしたブレイクスルー。営業をやっていた僕の経験を、ぴったりと編集の仕事に変換して活かすことができる、と実感できた気がする。単なる「編集一年目」から、やっと「違う経験を持つ者」になれたような
自分が考えて考えて、たどり着いた考えと同じことを、内田樹さんが言ってる。もちろん、僕が影響を受けているせいもあるのだけど、ちょっと悔しい(笑)。
実は昨日、会社の、直接の上司ではない先輩から、「部長との会議とかで、sagittaさんの評価がけっこう高いみたいだよ」みたいなことを言われ、ちょっとうれしかったり。そういうこと言われると、やる気出るよなー。入社一年、夢中でやってきただけだけど、間違ってはいないみたい。
5年間、同じように夢中で編集を続けていればなにか見えそうな、そんな気がした。毎日目の前のことをこなしているだけで、先のことを考えた行動なんてできない!と不安になっていた毎日が、ちょっとだけゆるんだ。目の前のことの、積み重ね。
僕も内田樹氏の言う「等価交換する子どもたち」の世代だから、日々の努力の中で、すぐに結果が出ないと焦ってしまうけれど、でもそういうのはずっと後に時間差でやってくるんだよな。経験をつむってことは、それを知ることなのかもしれない。
時間がないので、ちゃんとした議論ができないのが残念だけど、「大学生が顧客であるという考え方に反対」というつぶやきを見かけた。それには大賛成なのだけど、教授の「もし顧客なら、給料に見合う仕事しかしない」(今はもっとやってる)みたいな発言には反発してしまうなぁ。
「教授の評価を学生がするべきではない」というのはわかる。教育はそんな等価交換じゃない、ってこと。だけど、断言してもいいけど、これから一生、あの教授に感謝することはあり得ない、というほどひどい人もいた。今でも給料を貰っているのだと思うと腹立たしい。
だから、「大学に経済原理を持ち込むと、教育の質が下がるから反対」というのは当たらないとは思う。そもそも「教育の質」という言い方は、それが計れる、ということが前提の経済原理に基づいた考え方だし。
「教育は、すぐに結果が出るものじゃない」まさしくその通りだ。その最先端にいる大学こそ、就職率とか学生の評価とか、そういう安易なことではなくて、もっと長い視点で大学の信頼を高めるような改革をしてほしい。「学生が親になった時、自分の子供に勧めたいと思う大学」を目指してほしい。
お、なんか伝え聞くだけだったのがまとめられてた。 RT @togetter_jp: .@shimatani_23 さんの「Twitter文学賞で組織票」が2000PVを超えました!。2000回も見られてるなんてすごいね。 http://togetter.com/li/93251
正直言って、僕はこの件について怒っている人の気持ちはあんまりわからないなー。「悪いことかなぁ?」と思うよ。ホントに。まぁ、主催者の方にいい印象を持っていないから、そういうフィルタがかかってる、ってこともあるかもしれないけどさ。
嶽本野ばら氏の小説……十中八九好きになれないと思うけど、一冊くらい読んでみようかな(笑)。
あ、でもよく読んだら、まだ発売されてない本に投票したの?そりゃいかんな。ルール違反じゃん。
ルール内での組織票も「非常識だ」「許せん」と考えるのは、逆にいきすぎた公平信仰みたいな感じで違和感があるなぁ。少なくともTwitterという場にはふさわしくないんじゃないかなあ、と言おうとしたんだけど。
まぁ、何事も程度問題でもあるんだけど。先にものごとや立場を定義してしまうと、この「程度による」ということを忘れがちになってしまうので気をつけねば。これは自分に対する戒め。
それからtogetterの「まとめ」というやつも、編集する人が発言を入れるか入れないか選択するとしたら、決して公平な「事実」にはならないんだな、ということも心に留めておかねば。
まぁ、とにかくぼくは、今話題となっていることがあって、それが「こう解釈されるのが当然」ってきな空気をまとって流れてくると、どうしても逆さから見たくなってしまうんだ。大勢の流れ、って怖い。
組織票そのものが悪いかどうか、はまた考えて見たいけど、仕事中には無理だな(笑)。
ちなみに僕、自分の意見に反論することもあります。つぶやきは思考の過程なので、僕の確固とした意見とは限りません。許してちょ。
ルール違反はいかん。それは譲れない。わかっててやるのは「悪意」。僕は大抵のことは許せるけど、悪意だけはどうにもしようがない。
景気が悪くなって、企業で経費削減が叫ばれるようになって、ちょっとした備品でも相見積が当たり前になって、価格というわかりやすい数字に惑わされて、品質とかサービスの丁寧さとかそういうものが失われたように思う。丁寧だからコストがかかる、というところは見積で負けてしまうのだから。
人件費を削るために、残業代を払わない。正社員を派遣社員に変える。下請け先に圧力をかけて値段を下げさせる。そういう「コスト削減」の結果、「安くて高品質」になっているのだとしたら、うーん、と思ってしまうな。
ちょっとしたメモとか、書類作成に使うペンを探していて、たどりついた一つの結論が、「水性のドローイングペン」。すらすらと書きやすいうえに、ちょうどいいすべり具合で、字が多少なりともきれいに書ける気がする。すべりがよすぎても、わるくてもいけない。