音楽小説「ベル」
バンプオブチキン「ベル」より
最終電車が駅に滑り込んでくる、ごおっという音が、人影もまばらな深夜の地下鉄駅に低く響く。
真夜中の地下鉄の駅や車内は、外の暗さとの比較のせいか、妙に明るく見える。作り物の明るさ。青白いその光を、浴びる者さえ少ないのに。
僕にそんな明かりは必要ないよ。もっと薄暗ければいいのに。そんなことをちらりと考えながら、僕は重いからだを引きずって義務のように車内に入り、崩れるようにシートに座り込む。
終電に乗ると、少しだけほっとする。なんとか今日を終わらせることができたことに。それと同時に、今日が終わってしまったことへの後悔が襲ってくる。暖かさのない無機質な揺れに身を任せながら、辿りたくもない今日一日を、僕の頭は勝手に辿りはじめる。今日の失敗、できなかったこと、後悔、悔しい気持ち。そんなことを考えながら、僕はうとうとする。幸せなまどろみではない。悪い夢にうなされているときのような、息苦しい夢うつつ。
やがて電車は目的の駅のホームに滑り込む。あっという間だ。立ち上がりたくない僕は、まだたどり着かないでくれ、と願う。でも電車は、無表情に駅に入る。僕はため息をついて立ち上がり、ホームに降りる。
カバンをかつぎなおしてふと気づく。今日の朝、コンビニで買ったマンガ雑誌。それがカバンの端からのぞいている。僕のお気に入りのマンガは、決して夢をあきらめない海賊の話。
ため息をついて僕は、マンガ雑誌をカバンの奥に押し込んだ。今は彼には会えない。夢のことなんて、聞きたくもない。
いつの間にか、ホームには誰もいなくなっていた。同じ駅で降りた人々は、一目散に改札に向かいとっくにホームからはいなくなっている。僕だけが取り残されている。いつものことだ。僕はみんなと同じ電車に、乗ることができないんだ。
その時、耳障りな電子音。電話のベル。僕は上着のポケットを探って、携帯電話を取り出す。ディスプレイに光ってる、あいつの名前。
三秒躊躇して、深呼吸して、電話をとる。
「元気?」
僕は、答えられない。声が震えてしまうから。
伝えたいことは山ほどある。謝らなきゃいけないのか、がんばったね、って言ってほしいのか、自分でもわからない。だけど、なかなか言葉になっちゃくれないんだ。
「何?」
ようやく僕が発したのは、そんな言葉。
「なんでもないよ、ただ、元気してるかな、って」
あいつの無邪気な声。
元気そうで、幸せそうな声だ。
まるで、薄暗い夜に射し込んだ日の光のように、あいつの声は僕の心臓に光を当てる。
こんなのはきっと、あいつの気まぐれなんだ。
僕のことなんて、ひとつも知らないくせに。
僕のことなんて、明日には忘れるくせに。
それなのにあいつの声は、僕の凍える心臓を暖めてしまうんだ。
「どうかした?」
僕の沈黙をいぶかしんで、あいつが尋ねてくる。その声があまりにまっすぐで、僕は携帯電話を口元から遠ざけて、いつの間にか流れていた涙をぬぐう。
「なんでもない。もう遅いから、切るよ?」
つとめて冷静な声で、あいつに答える。大丈夫、声は震えてない。
「うん、おやすみ」
「……おやすみ」
電話を切ったあと、ホームのベンチに崩れ落ちて、僕は声を上げて泣いた。
熱い涙は、不思議と心地よかった。
耳の奥には「元気?」って尋ねるあいつの声が、いつまでも響いていた。
最終電車が駅に滑り込んでくる、ごおっという音が、人影もまばらな深夜の地下鉄駅に低く響く。
真夜中の地下鉄の駅や車内は、外の暗さとの比較のせいか、妙に明るく見える。作り物の明るさ。青白いその光を、浴びる者さえ少ないのに。
僕にそんな明かりは必要ないよ。もっと薄暗ければいいのに。そんなことをちらりと考えながら、僕は重いからだを引きずって義務のように車内に入り、崩れるようにシートに座り込む。
終電に乗ると、少しだけほっとする。なんとか今日を終わらせることができたことに。それと同時に、今日が終わってしまったことへの後悔が襲ってくる。暖かさのない無機質な揺れに身を任せながら、辿りたくもない今日一日を、僕の頭は勝手に辿りはじめる。今日の失敗、できなかったこと、後悔、悔しい気持ち。そんなことを考えながら、僕はうとうとする。幸せなまどろみではない。悪い夢にうなされているときのような、息苦しい夢うつつ。
やがて電車は目的の駅のホームに滑り込む。あっという間だ。立ち上がりたくない僕は、まだたどり着かないでくれ、と願う。でも電車は、無表情に駅に入る。僕はため息をついて立ち上がり、ホームに降りる。
カバンをかつぎなおしてふと気づく。今日の朝、コンビニで買ったマンガ雑誌。それがカバンの端からのぞいている。僕のお気に入りのマンガは、決して夢をあきらめない海賊の話。
ため息をついて僕は、マンガ雑誌をカバンの奥に押し込んだ。今は彼には会えない。夢のことなんて、聞きたくもない。
いつの間にか、ホームには誰もいなくなっていた。同じ駅で降りた人々は、一目散に改札に向かいとっくにホームからはいなくなっている。僕だけが取り残されている。いつものことだ。僕はみんなと同じ電車に、乗ることができないんだ。
その時、耳障りな電子音。電話のベル。僕は上着のポケットを探って、携帯電話を取り出す。ディスプレイに光ってる、あいつの名前。
三秒躊躇して、深呼吸して、電話をとる。
「元気?」
僕は、答えられない。声が震えてしまうから。
伝えたいことは山ほどある。謝らなきゃいけないのか、がんばったね、って言ってほしいのか、自分でもわからない。だけど、なかなか言葉になっちゃくれないんだ。
「何?」
ようやく僕が発したのは、そんな言葉。
「なんでもないよ、ただ、元気してるかな、って」
あいつの無邪気な声。
元気そうで、幸せそうな声だ。
まるで、薄暗い夜に射し込んだ日の光のように、あいつの声は僕の心臓に光を当てる。
こんなのはきっと、あいつの気まぐれなんだ。
僕のことなんて、ひとつも知らないくせに。
僕のことなんて、明日には忘れるくせに。
それなのにあいつの声は、僕の凍える心臓を暖めてしまうんだ。
「どうかした?」
僕の沈黙をいぶかしんで、あいつが尋ねてくる。その声があまりにまっすぐで、僕は携帯電話を口元から遠ざけて、いつの間にか流れていた涙をぬぐう。
「なんでもない。もう遅いから、切るよ?」
つとめて冷静な声で、あいつに答える。大丈夫、声は震えてない。
「うん、おやすみ」
「……おやすみ」
電話を切ったあと、ホームのベンチに崩れ落ちて、僕は声を上げて泣いた。
熱い涙は、不思議と心地よかった。
耳の奥には「元気?」って尋ねるあいつの声が、いつまでも響いていた。