僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「地球に隕石落としちゃおう」 by すおう @kamenoko_suou (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

日本語、隕石が墜ちる、愛、金平糖、空、飴

 

 

「儂さー、今日あたり、地球に隕石落としちゃおうと思うんだよねー」

 同僚と二人、執務室に入った瞬間、部屋奥からとんでもない言葉が聞こえた。

 見ると、最奥の巨大な机の向こうの席に、白い髭面が神々しい、偉大なる上司の姿が見えた。通常頭上にあるはずの光輪を、指に引っ掛けてぐるんぐるんと回し、もう片方の手で何やら紙を持っている。

「君たちは、どっちの大きさの隕石がいいと思うー?」

 歩み寄る自分たちに気づいていたのだろう、偉大なる上司は紙を指で弾く動作をし――机上に一枚しかなかったはずの紙は、自分と後ろにいた同僚の眼前に、一枚ずつ空中に浮いて現れた。

 紙には、左半分、大きな円の中に「直径200スタディオンでドカンと一発」と書かれ、右半分には、小さな円を細々と並べた横に「直径1ペーキュスで飴みたいに無数にばらまく」とあった。

 地球を危機に陥らせる想像しか出来ない内容に、顔が引きつる。

「あの、主様、先週同じような事で『やっぱやーめた!』って言ってらっしゃいませんでしたか? 何故また思い直しを?」

 眉をひそめて溜息をつくと、眼前の紙は息の強さに煽られ、何処かに吹き飛んだ。

「えぇ? そうだっけー?」

「そうです。先週は隕石じゃなくて洪水でしたが」

「あ、そうそう、それそれー。洪水はさ、先々代がやってんだよねー。儂レベルになると、やっぱりオリジナリティを追求したいっていうかー?」

 上司の指でフラフープ状態になっている光輪が、ぐるぐると勢いを増す。光輪に照らされた上司の姿はすべからく神々しいが、とはいえ立派な髭を蓄えた口を尖らせるのは、大人げない。

「いや、ええんちゃいます? オレは、やるとしたら、こっち。ドカンと一発派やな」

 背後にいた同僚が、紙を持って、上司の机の前に進み出た。大きな円の方を示す指に、上司は神々しい髭を綻ばせる。

「こっちね、派手でいいよねー。でもさでもさ、飴みたくばらまくのもやってみたいんだよねー。空で流星になって、絶対綺麗じゃん?」

「直径1ペーキュスってのやと、飴やなくて金平糖サイズやないですか? 主様がやるには、ちっと派手さが足りんのとちゃいます?」

「えぇ? そう? でも金平糖も可愛いよねー」

 ゆるゆるな上司と、最近特殊な言葉使いを覚えた同僚との会話は、放っておけばおくほど脱線する傾向にある。

「主様、本気でなさるおつもりですか? お前も煽るんじゃない!」

「えぇ? 何言うてるん、モチロン主様の冗談やろ? オマエ、前から思っとったけど、ほんまノリ悪いなー」

 肩を掴んで振り向かせると、同僚は上司の真似をして口を尖らせた。最近、地球の日本国の伝統文化に傾倒している同僚は、顔一面を白く塗って、所々赤や黒の線を描き入れている。口を尖らせる態度の悪さが、より強調される。

「ノリが良い悪いの問題でも無い!」

「いやほんまノリ悪い、カッチコチ。あれやな、日本の格さんみたいなヤツやなオマエ」

「何だよ、『カクサン』って!」

「オマエも地球上にしょっちゅう出張行ってるやろ? 『水戸黄門』知らんなんて、ありえんへんやろ!」

「いや待って君、そしたら儂、『御老公』の位置付けじゃん? 儂、そんな歳?」

「主様、よぅ知ってはりますね。でも年齢で言えば、圧倒的に主様のほうが上やないですか? ケタ違ですよ」

「儂、支配下の恒星の事なら、何でも知ってるもん。えぇー、でもそっかー、儂、もっと若いつもりだったけどなー」

 脱線しかけた話を元に戻すつもりが、さらに脱線しつつある。

「主様が若かろうが『ゴロウコウ』? だろうがどうでもいいんですが! 問題は、本気でなさるおつもりか、って事です!」

 唾を飛ばす勢いで声をあげると、上司と同僚は示し合わせたかのように肩をすくめた。

「本気だよー?」

 上司は、その神々しい髭面を、こてんと横に傾ける。まったく可愛くない。

 横で同僚が「ホンマですか!?」と素っ頓狂な声を上げたが、上司はうんうんと頷くだけだ。

 急に静まり返った室内で、鼻息荒く、口を開く。

「何故地球に隕石を落とすんですか? 仮に直径200スタディオンの隕石を落とすと、地球上の生物が死滅します。主様は、地球を滅ぼしたいんですか? あと、直径1ペーキュスだと、空中で爆発して地球に届きません」

 言い切ると、横から「おおー」と感嘆の声が聞こえた。

「さすが星博士。オレ、実はいまいち長さの単位分かっとらんかったんよ。尺貫法で言ってもらわんと」

 では、何故先程は流れるように上司の話に合わせていたのだ、と睨みつけるが、同僚の適当具合はいつものことだ。特に悪びれない真っ白な顔に、溜息しか出ない。

「おお、そっかー。しっかり計算してなかったー」

 上司も、軽い応えを返してくる。上司の力をもってすれば、どのサイズの隕石をどんな速度で落としたら、地球にどの程度の影響を及ぼすかなど、一瞬で計算できそうなものだが、ただ面倒だっただけだろう。「君たちがやってくれると思ってー」と上目遣いで見てくる上司は、やはり神々しいばかりで、可愛げはかけらも無い。

「地球を滅亡させる気はないんだー。でもね、」

 途中で言葉を切った上司が、不意に目を細めた。ぞわりと体の奥から総毛立ち、背中に負った翼の羽毛一本一本までもが、張り詰めるように伸びる。

「不要な言語は、滅亡させてもいっかなーって」

 手元でくるりくるりと回し続けられる光輪は、清かな光ではない、もはや凍える程に爛々と輝いていた。こういう時、自分は上司の眼を直視できた事がない。

 隣に立っている同僚の、ごくりと喉を鳴らす音が、やけに大きく響いた。

「……『不要な言語』とは、地球上の人間が使う、7千弱のすべての言語のことでしょうか?」

 同僚は、カラカラに干上がった声で、確かめるように問う。いつもの特殊な言葉遣いを忘れているぞ、と横から毒を吐く余裕もこちらには無い。

「すべてではないよー。統一したいんだ」

 それは、一言語以外は皆不要ということだ。

「バベルの昔、先々代が、元々一つだったのを分かれさせたよね。それは不要な傲慢さを戒めるためだったじゃない? でも、それからどうなった? 人間は、言語が分かれたからこその論理で、狭量になり、傲慢に至り、争いを増やしている」

 上司ほど永い期間、人間たちを見てきた訳ではない。しかし、思い浮かぶ事例の枚挙には、いとまが無かった。

「言語を分けたのは失敗だった。傲慢さは、人間の性質だ。先々代は、人間に期待し過ぎたんだろねー。それならさ、言語を統一したほうが、まだマシな状況になると思わない?」

 だから、言語を統一する。

 そのように言うのは簡単だが。もしやるとなると。

「ある言語を使う人々以外を対象に、隕石を落とす、ということでしょうか……」

 先程の同僚の干上がった声を笑えない。自分のものと思えないほど嗄れた声が出た。

「地球上の言語を一括で変更できたらいいんだけどねー? 儂ってば、最初を与えるのと最後を締めるのは得意だけど、途中で一つ一つ直したり育てたりするの苦手じゃん?」

 先週、「洪水起こしたい」なんて事を言い出した時には、本人がすぐに諦めたから、その目的も聞かなかったが。まさか、こんな事を考えていたとは。

 隣に視線をやると、同僚と目が合った。目を囲む黒い縁取りは、本来表情の力強さを表現するものなのだろうが、同僚の視線は細かく揺れてしまっている。自分の表情は見えないが、おそらく自分も同じようなものだろう。

 地球以外にも無数の恒星を管轄下に置く上司は、「至上の愛」と宣いながら、すぐに天地創造と破壊を繰り返そうとする。地球は数千年間、その難を逃れてきたが、ついに白羽の矢が立ってしまった訳だ。

「参考までに聞くけど、君さー、今、地球の、何て言ったっけ、『日本』って国、贔屓にしてるじゃん?」

 同僚は、上司の軽い調子の声に、びくりと大きく体を震わせた。

「は、ハイ!」

「日本の言語って、『日本語』だっけ? えぇ? どうする? 残すの、日本語にしちゃうー?」

 上司は、鼻歌混じりに問うてくる。

「え、えぇ!? いや、えっと、ここ数日は推してます、が……その前はそうでも無く……」

 同僚は、先週は「ソンブレロ・デ・チャロ」というメキシコ伝統のつばの広い帽子を被り、鼻髭を生やし、スペイン語で上司の洪水話を笑い飛ばしていた。その前週は、熊皮の黒い巨大帽子を頭に乗せ、タータンチェックのウールを体に巻き付け、所構わずバグパイプを吹き鳴らしていた。

 という事実はともあれ、この上司を前に、言うべきでもない。しどろもどろになった同僚は、こちらに縋るような目線を向けてきた。日本語で言えば、子犬のような。

「いや、あの、残す言語を、こいつの贔屓にするというように、そんな簡単に決めるのも如何なものかと……」

 助けを乞われても、まともな言葉が出て来ない。隕石そのものを止めなければならないのに、だ。

「んー、そう? でもさでもさ! 日本って、他の国と陸続きじゃないって話じゃん? 君たちの力で壁を作っておけばさ! 隕石パパっと落として解決ー! 他の言語より楽そうじゃない?」

「あ、イヤ! 日本語を話す人間は、日本以外にも世界中にいーっぱい! いーっぱい、います! それこそ無数に! アッチコッチ散らばってます!」

 同僚は大げさなまでに両腕を振り回して、「いーっぱい」と「アッチコッチ」を体中で表現する。

「えぇ? そんなに日本語残したくないのー? なら良いけどさ、滅亡させれば」

「あ、イヤ! そういうワケでは無くてですね」

「えぇ? どっちー?」

「イヤ、そもそも隕石落とすのがですね……」

 同僚が、上司相手に非力な空回りをしているのを横目に、必死に頭を巡らせる。

 言語を統一しても、逆に、伝わるべきでない陰口が耳に入って争いが増えるのでは、という路線で説得するか? 駄目だ、「そんな奴等、リセットさせたほうが良くないー?」と言われるのが目に見えている。

 7千弱の言語の特徴すべてを事細かに説明して、メリット・デメリットを示して、時間を稼ぐか? 駄目だ、「君たちで3つぐらいに絞ってから、説明してくれたら良くないー? 上司の時間無限だと勘違いしてないー?」と、至極当然のことを言われそうだ。

 もっと別の――それこそ、隕石そのものを止められる、手法が無ければ!

「……あ」

 不意に、脳内に思い浮かぶものがあった。眼前でわたわたと手を振り回していた同僚を押し止め、つまらないものを見るような目をしていた上司との間に、回り込む。

「あのですね、主様」

「んー? 何?」

「隕石案、良くないと思います」

「えぇ? 何で?」

 怪訝そうに鼻を鳴らした上司の前に、身を乗り出すようにして言う。

「隕石は、オリジナリティに欠けるからです!」

 上司の目が見開かれた。その爛々とした輝きに押されないように心を励ましながら、さらに上司との間を一歩詰める。

「少なくとも2万代前の主様が、すでにその手法を使われています! 隕石は、使い古された、独自性がなく、二番煎じで猿真似で、言わば丸パクリの手法なんです!」

 持てる語彙力から絞り出し、隕石案を下げるだけ下げた。上司は、髭に覆われた顎に手をやり、眉をひそめる。

「2万代前……隕石……あれか、もしかして、恐竜ほとんど滅亡させちゃったやつ?」

「それです!!」

 約2万代前の主が、6600万年前の地球に巨大な隕石を落とし、空を飛べない恐竜を一掃させたのは、よく知られた話だ。

「うーーーーーーーん」

 上司は、神々しく輝く顔を悩ましげに顰め、深く長く、唸った。

「主様にふさわしい、独創的な、新機軸で先進的な手法を取られたほうが、宜しいのでは?」

 駄目押しに畳み掛ける。

 上司はしばらく宙を見上げて目線を彷徨わせていたが、不意に正面に向き直ると、カッと眼光鋭く、言い放った。

「やるからには、儂にふさわしくあるべきよな! よし、やっぱやーめた!」

「はい!!」

 返答する元気な声が、同僚と重なる。

 こうして、一旦危機は脱した訳だが――

「でもやっぱさー、地球、このままじゃ駄目だと思うんだよねー。だから、君たち、来週も相談に乗ってねー?」

 地球の完全無欠な安全は、まだ約束されていない。