僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

物書き気分――翻訳再燃。

今週はなんだか筆が進みます。
1年以上更新してなかった作品を更新してみたり。

特に、Le Petit Princeの翻訳が僕の中で再燃してきました。
世間に、この作品の翻訳は山のようにあるけれど、
ざっと目を通してみたところ、どうもしっくりくるのがない。
だったら自分で訳しちゃおう、ってのが始まりなんですが。
今日もちょっと書店なんかでいくつかの訳を覗いてみて、
その思いを新たにしました。

この作品の語り手である飛行士(サンテグジュペリ本人に、とても近い人物造形)は、
大人になっても子供の心を忘れない、
「大ヘビの外側の絵を見て帽子だと思わない」存在だ。
なのに、世間に出回っている翻訳作品の、彼の語り口調は、
必要以上に大人のスタンスが見え隠れするものが多すぎると思うんだよなぁ。
「子供向け」ってことで「です・ます調」で書かれているものなんてその最たるものだし、
(子供の視点を持った人が、「友達」に語るのに敬語なんて使わないよ!)
逆に「この作品は子供じゃなくて大人にこそ読ませたい!」なんて銘打って、
妙に淡々とした文章で訳したものは「大事な友達」である王子さまに対して、
他人行儀にすぎる気がするし、何より語っている方がちっとも楽しそうじゃない。

原文を読む限り、
飛行士は決してストーリーのナレーションに徹しているんじゃなくて、
終始読者に語りかけているような文章だし、
大切な大切な友達のことを、伝えようとしているんだから、
淡々と気取ってなんかいられないと思う。
僕はあくまで原文に忠実な訳しかしてなくて、余計な文を足したり、
省略したりは全くしていないけれど、
それでも語り手の熱は十分に伝わってくるように思う。

言葉の置き換え方にしたってそう。
確かにフランス語の概念を日本語に直接置き換えようってのは難しいのかもしれないけど、
この作品を訳すのに重要なのは、「言語学的に正しいかどうか」とか、
そういうことじゃなくて、「言いたいことが伝わるかどうか」のはずだ。
だから「日本の一般的な言葉に置き換えると正確じゃないから」という理由で、
日常生活ではめったに使わない、難解な言葉にしてみたり、
あるいは注釈を入れてフランス語そのまま使ってみたりするのは、
なんだか本末転倒な気がする。

そういうところも含めて、どうも「大人的な視点」で、
本質から離れたところを気にしすぎて、
読んでいて面白くない訳ばかりになってしまっていると思う。
(とはいえ、全部の訳をちゃんと読んだわけじゃないから、
中には素晴らしい訳もあるかもしれないんだけど。
残念ながら僕はまだ、そういうものにはお目にかかっていない)

そういうわけで、僕が目指しているのは、
「子供の心を忘れない」飛行士が、
同じように子供の心をもった友人であるあなた(読者)に向けて、
とてもとても大切な友達だった王子さまのことを、
話して聞かせているような翻訳だ。
僕が目指しているというより、
この作品はもともとそういう風に書かれていると、僕は確信している。

翻訳の技術も物書きの技術も、全然未熟な僕だけれど、
いま僕が訳しているこの作品は、きっとすごくいいものになる。
そんな確信が、ある。