僕が生きていく世界

人と少しだけ違うかもしれない考え方や視点、ぐるぐると考えるのが好きです。 あくまで、僕個人の考え方です。 みんながみんな、違う考えを持っていていい。 いろんなコメントも、お待ちしてますよ。

「没収される贈り物」by 3 @tade_sukizuki (お題バトル0516参加作品)

【使用したお題】

飴、雨、日本語、隕石が落ちる、低気圧、愛

 

教室に隕石が落ちてきた。
もちろん本物の隕石ではない。転校生のことである。
「今日からみんなと一緒に勉強します、ダシャ君です。仲良くしてくださいね」
浅黒い肌、黒目がちな大きな目、カールした髪の毛。田舎の小さな小学校にいきなり現れた馴染みのない見た目の友達は、子どもたちにとっては宇宙からやってきた異星人と同じくらいの衝撃だっただろう。
「ダシャ君はまだ日本語をうまく話せません。英語なら少しわかるみたいだけど...」
「はーい!オレえいごできません!!!」
「...だよね。とにかく、慣れない場所で不安だと思います。やさしくしてね」
私に促され、彼は教卓に近い席におずおずと座った。私も言葉のわからない子どもをみるのは初めてで、緊張していたのを記憶している。


それからしばらく試行錯誤の日々が続いた。算数の授業はマグネットなどを用いて視覚的に理解しやすいように。体育などは他の子を真似してできるが、問題は国語の時間だった。日本語を話せないとなると音読も発表もできず、彼にとって苦痛にしかならない。私も彼につきっきりという訳にもいかず、力になってあげたいものの彼の母国語はさっぱりわからない。彼にはただ1時間ずっと座っていてもらうようなものだった。


そんなある日の授業中、彼が熱心にノートに何か書いているのを見つけて声をかけた。
「なに書いてるの?」
彼はビクッと肩を震わせ、とっさに手でノートを隠した。
「怒らないから、見せてごらん」
にっこり笑いかけると、そろそろと手を退ける。そこにはいまクラスで大流行中の、RPGゲームの主人公の絵が書いてあった。
「おぉ、上手だね」
「うおーー!!剣ドラのエリックじゃん!!すげーー!!」
目ざとく見つけた後ろの席の子が覗き込み、クラスは一時大騒ぎとなった。
「はいはい、席について。先生も剣とドラゴンやってみたけど、3つ目のダンジョンを抜けられないんだよね」
「先生ざっこ!」
「オレもう7個目までいった!」
「今は剣ドラの授業じゃないから、ほら座った座った。...ダシャ君、クラスのみんなも先生も剣ドラが好きなんだよ。今度みんなで遊べるといいね」
彼は初めて微笑んで頷いた。


その次の日から、なんとも微笑ましいお手紙が毎朝私の机に届くようになった。
授業の間の休み時間、ダシャ君が「没収」と言って小さく折りたたまれた紙を渡してくる。開いてみると、私が手こずって抜けられないと言った3つ目のダンジョンの攻略解説が、手描きの見取り図付きで丁寧に記されていた。
「これ...」
私が顔を上げると彼は恥ずかしそうにはにかんで、走って席に戻っていってしまう。次の日もその次の日も、ボスを倒すのにオススメの装備や便利なアイテムの情報が、不格好なひらがなと英語交じりのお手紙として届いた。
最初は遠巻きに見ていた子どもたちも、落書きの件以来すっかり心を開いた様子で、一方的にダシャ君に話しかけるようになった。ダシャ君からのレスポンスは少ないながら、共通の話題が見つかったことで一気に話しかけるハードルが低くなったらしい。私はほっと胸を撫でおろしつつ、彼はなぜいつも“没収”と言うのだろうと疑問に思っていた。


ダシャ君からの贈り物は、手紙でないときもあった。頭痛持ちの私は、雨の日や気圧が低い日に調子が悪くなることが多々あった。その日も大雨で頭痛に襲われ、机でテストの丸つけをしながら唸っていたところ、たたたっとダシャ君が駆け寄ってきて一言、
「これ、没収して」
と言ったのだった。単語でなく、初めて文章で話しかけてきてくれた瞬間だった。
驚いて目を丸くした私の目の前で小さな手のひらが開かれると、そこにはイチゴ味の飴があった。
あとで彼のお母さんに話を聞くと、彼の母国では頭が痛いときに飴を舐めると治る、というおまじないがあるという。彼は、私が雨の日に頭が痛くなることを、また授業に関係のないものを学校に持ってきてはいけないことをとっくにわかっていた。あえて没収されそうなものを持ってくることで、私に渡そうとしていたのだ。彼がつぶやく“没収”とは、そういうことだったのだ。
言葉がわからなくても、育ってきた文化が違っても、伝わるものはちゃんとある。
「愛、だなぁ」
私は熱い目頭を押さえて、ありがたくイチゴの飴をいただいた。